創価学会の私と無宗教の彼

学会3世・活動家だった私。元恋人に影響され、無宗教になりました。

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久しぶりに、泣きました。

声を出して、泣きました。

宗教というものが、人をこんなにも苦しめるものなんて、私は痛い程わかっていたはずなのに。

なんで悲しくなるのでしょうか、

こんなにも悲しくて、キーボードを打つ手が震えてます。

私だけじゃない、相手だって同じくらい苦しいはず。

お互いを大切な存在だと生まれた時から知っているのに、

なぜこんなに悲しくなるのでしょうか。

私を思って言ってくれているのは、痛い程わかる。

わかるから、あなたが電話越しに私に必死に話している姿が、

私の心には深く突き刺さる。

認め合えばそれでいいと思う、理解し合わなくたって、

相手を思いやって生きていければ、私はそれで幸せだと思う。

家族なんだから、幸せになってほしいなんて思うのは当たり前で、

そんなこと、私もわかってるよ。

あなたが私を愛してくれているのは、私は知っているから・・・

でも、あなたの一言一言が、私を悲しくさせ、

私自身も同様、きっとあなたを悲しませている。

なぜか、なぜか、なぜか、

私はだんだんとあなたを理解できなくなってきている・・・

そんなこといやなのに、あなたが好きなのに、あなたに幸せになってほしいのに、

私はそれだけを願っているのに、

あなたはこれ以上なにを望むの・・・?

そんな言葉聞きたいんじゃない、元気でやってる?って、

明るい声で話したいだけなのに、それももうできないのかな?

これが、運命ってやつなのかな。

創価学会の母じゃなく、私だけのお母さんになってよ。
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コメント

世の中には、いろんな国があって、
いろんなひとがいて、
それはそれはいろんな顔があって、
いろんな苦しみや喜びがあって、
様々な宗教があって、
みんながそれぞれ、一生懸命に生きてる。

一生懸命生きてるんだよー!
それを尊重しての、宗教ですよね!!

キヨさんは、お母さんと、普通にはなしたいだけなのに。。。
一生懸命考えた今を、尊重してほしいですね。。。

Dreamさんへ質問です。

もう見ていないかもしれません。でも疑問なので。

>絶対的幸福。これに向かってがんばっていくのです。

何をがんばるのでしょうか?
宗教ってがんばらないといけないものなの?

じゃ、お布施、選挙、祈る、勉強する、勧誘するの内、学会の皆さんはどれを一番がんばるのですか?

祈るが一番じゃなきゃダメなんですよ?他はどーでもよい!

祈るってことは自分の生き方を振り返ること。そして先の生き方を模索することですよね。大事ですよね。

ある人の言葉。
「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。」

「いつもずーっと幸せ」なんてあり得ないんですよ。あなたの言う「一時的な幸せなんですよ」なんて事は「誰でも」わかっていることなのですよ?

先の言葉を信じ受け入れることができた人は、どんなに苦しいときにもその試練に感謝し、乗り越えようと頑張ることが出来るんですよね、きっと。

余談ですが、学会員さんが崇め尊ぶ言葉は、日蓮さんの説いた仏法ですよ。池田さんの言葉じゃありません。(わかってるって? ^^;)

あ、わたしは無宗教です。

はじめまして。
私は詳しく勉強したことがないので宗教のことはよくわかりませんが、ブログを見ているとキヨさんの雰囲気が伝わってきました。
とても素敵です。
柔らかさ、凛々しさ、正直さ。
一緒にいたら心地良さそうだなあと思いました。

Dreamさん

はじめまして、キヨです。

よく学会員さん達は言いますね。

>>あなたは 今一時的な幸せにいるだけです。

この部分。

私が思う事は一つ。

「・・・だから何ですか?」

ということ。

一時的という言葉は、物事が長続きしないことを指します。
まるで今の私のこの幸せが、いつか終ってしまうような言葉ですね。
私が掴み取ったこの幸せは、確かに一時的なものかもしれない。

しかし、一時的な幸せを永続的な幸せにする努力をするのが人間なのではないですか?
仕事を頑張り、プライベートを充実させ日々生きる。
そこに見いだした幸せを、ずっと守っていく努力をする。
そこに宗教が必要ならばすればいい、いらないならしなければいい。
創価学会で手に入れられる絶対的幸福は、私には必要のないことなのです。
それを知らない私を「不幸」と言う学会員さんが非常に多い。
なにが不幸なのか?創価学会論ではわかりますが、私は共感できません。
たった、それだけのことなのです。

はなたろうさん

こんにちは、はじめましてキヨです(^_^)

そうですね、確かに私もはなたろうさんの『信用できない宗教』には共感します。
こんなにも宗教の数が多い世の中です、皆不安で日々生きて、
何かにすがりたくなるのは自然なことだと思っています。
ただ、この宗教を信じれば必ず幸せになれる!とかいうのは『?』ですよね。

このブログをやっていて、はなたろうさんのように応援して下さる人が
いっぱいいます。とても嬉しいです。。。
今までやってきて良かった、と本当に思います。
私の幸せな姿をいっぱいいっぱい見せていきたいと思います(^_^)
コメントありがとうございました☆

はじめまして。
関西で活動している 中学生の学会員です。
中学生で教学の勉強も始めたばかりですができる限り書きます。(間違っている可能性がありますそのときは訂正にまた参ります)

ちょっとお見かけしたのでコメントを残しておきます。

記事に対してのコメントではなくコメントに対してのコメントをw
学会員(コメント上の)さんがおっしゃいたいことを理解していません。

絶対に幸せになる方法というのは何か。
学会員であるなら知っているかと思います。

絶対的幸福。  (十回論でいう仏界)
どんなことがあっても負けない心をもって戦うことができる。
そして有名な指導ですが 生きているだけで幸せ、そして楽しい。
こう思えるくらいになったときが本当の幸せといえます。

あなたは 今一時的な幸せにいるだけです。

創価学会員信者がなぜ幸せになるのは創価学会しかない!と断言できるのか。

本当の幸福をつかむ。
それに向かっていく。
それこそが創価学会なのです。

だから絶対の幸せ は創価学会の信仰をするということになるのです。

ご理解いただけましたでしょうか。

絶対的幸福。
これに向かってがんばっていくのです。



まだまだ勉強の身で未熟ですができる限りの回答をさせていただきました。
僕のブログにも是非お越しください。
できることであれば創価学会への疑問とかも回答いたしますのでぜひコメント等で質問どうぞ。失礼いたしました。

素晴らしい!

はじめまして、キヨさん。

キヨさんも彼も素晴らしい。彼の包容力とキヨさんの純粋さ。お互いそこに惹かれ合ったんでしょうね。きっと。

最初に私の経験を少し。

創価学会を信じる母親を持つ子と付き合ったことがありました。父親は信者ではなかったけどスキにやらせとけというスタンスだったらしい。その子は名前だけ。「彼」みたいに大らかな父だったのかもしれません。だから特に問題はなく普通に付き合えてはいましたけれど。

ただ、会社の上司は仕事中、おおっぴらに勧誘してましたし、公明党の選挙運動を異常に感じていましたし、悪い噂も多々聞いて、創価学会は嫌いになりました。

私の両親は○○教で、私は小さい頃には一緒によく行っていました。ただ話を聞きに行くだけで、その話を聞いてどう感じるかは自身に任されます。両親からあーだこーだ言われることは無かったです。そのうち遊びたい年頃になり、行きたくなくなりました。でも私の両親は私の意志を尊重してくれました。

父は幼い頃に亡くした母の信じていた宗教に触れてみたくて、自分から行って信じたみたいです。母は附属の幼稚園の先生夫婦の子。自然とそうなったみたい。今、両親は年に1回行くかどうかでしょうか?それでも「来てください」なんて電話がかかってくることもありません。

こんな感じですから、この宗教には嫌な感じは持ちませんでした。


私の信用できない宗教を書いてみますね。
1.執拗に信心しないと不幸になると言う
2.信者が教えを説く
3.自分の生活(お金も含む)を犠牲にする
4.教えを説く人が贅沢な生活をしている
5.説伏という言葉を使う
6.他の宗教を非難する
7.神様が現存している

<<私>>の考える理由
1.脅迫です。
2.本質を理解していない人が安易に話をしてはいけない。信者の役割ではないはず。
3.キヨさんも言っているように、まず自分が幸せでなければ隣の人は幸せにならない。
4.神・仏に仕える人はボランティア。
5.神仏の言葉を伝えるだけ。それをどう感じるかは個人に委ねられなければならない。
6.他の宗教を信じてしまった理由があるはず。包容してこそ信頼たる宗教ではないか?
7.人間が人間を崇めたてるなんてばかげてる。(人の上に人を作らずじゃなかったっけ?)
(好き勝手書いちゃいました)

キヨさん、信心していたときは苦しかったでしょう。でもその経験は無駄ではなかったですね。こんな素晴らしいサイトを立ち上げられたのですから。(←失礼ながら慰めです^^;)どんな神・仏のどんな言葉より、このサイトに救われる人は沢山いるはずです。

人の幸せは、人それぞれ。みんな価値観は違うはず。それを認めない宗教は未来に残らないと私は思う。

私、宗教は是認します。解決できない悩みや問題はどんな人にもきっと必ずあるからです。祈って逃げるのもたまには必要かも?と。ただすべてを頼ったら盲信っていうことですよね?

「私はこんなにも幸せなんだぞー」って姿を、これから「ずっと」「たくさん」「これでもか?」ってくらい、ご家族に見せてやってください。そんなキヨさんの姿を見続ければ、いつかきっとご家族も「キヨさん教」も信じてくれますよ(笑)。

乱文乱筆、お許しを。

>学会員さん

はじめまして、キヨです。

>>「確信の無い人生」 を 「不幸」 っていうんだよ

あなたが私を不幸と思っていたとしても、
私は私に今幸福だね、と胸はって言ってあげれます。
確信とは具体的になんですか?
『絶対に幸せになる方法を知っている』ということですか?

私は、絶対に幸せになれる方法なんて知りませんが、それって普通のことだと思っています。
それに、絶対に幸せになれる方法を知らなくても私は不幸ではありません。
現に今幸せですからね。
人の幸せというものは何に満たされるかなんて千差万別です。
私が幸せになるために必要だと思っている事は、

・仕事を一生懸命頑張る
・パートナー・友人・家族を大切にする
・病気・事故に注意する
・なるべく怒らず穏やかに生きる(これが一番難しい)

これぐらいでしょうか・・・
あなたの目には、私が母を信じていないように映っているようですが、
私は家族として母を信じていますし、好きですし、大切にしたいですよ。
創価学会の教えを信じていないだけです。
私が創価学会を信じることが母への愛ならば、残念ながら私にはできない愛の形です。

それに、

>>創価学会の信心をしてない人で
>>「絶対に幸せになる」
>>と、断言できる方法を持った人をさがして
>>お母さんと対決させてみなさい
>>どちらが本物か…

ここなのですが、
本物と見極める人は誰なのですか?
私?学会員さん?無作為に選んだ第三者でしょうか?
見極めるという意味は、『物の真偽を十分検討したうえで、判定する』という意味です。
物(絶対に幸せになる方法)の真意を判定できる人間なんて、この世の中にいるのでしょうか?

学会員さんが学会で信仰を頑張って絶対の幸せを手にするのは、良い事だと思います。
それで幸せになれるのならば、とてもいいと思いますよ。
信仰は幸せになるためにするものだと思います。
しかし、○○は不幸だ!と決めつけ相手に言う事は、
とても相手を不快にさせることが多いので気をつけたほうがいいと思います。
相手が幸せならば、それでいいじゃありませんか。
人がそれぞれ頑張って手にした幸せを不幸を呼ぶのはちょっと・・・
お金で幸せになれる人もいる、愛で幸せになれる人もいる、幸せは、いろいろな形があると思います。

>独り言さん

お久しぶりです。お元気でしたでしょうか?

ずっと信仰してきてもし騙された!と感じてしまったら、
とてもとても立ち直れないと思います。
だったら、騙されたと思わずに信仰した方がいいと思いますよね。
私も、母が創価学会で幸せならそれでいいと思っているタイプですので、
母へ向けて学会のことを言うのは、振られない限り(振られても最小限にとどめる努力をする)
自分からは話しません。

時間が解決してくれる、これはその通りですね。

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信心をしているあなたのお母さんは

あなたが不幸になることは言いません

創価学会の信心をしていない人に聞いてみなさい

「全然に幸せになる方法」

を。

これを、命懸けで、あなたに話している、お母さんが信じられないで

いったい、なにを信じるの?

自分の幸福に

「なんの確信もない」

自分を信じるということは

「幸せに対して確信がない」

人生になるよ

この

「確信の無い人生」



「不幸」

っていうんだよ

あなたのことを

この世界中で一番、想い、祈っているのは

お母さんです!!

これは、誰も否定できない

人生とは確信です

あなたが幸せな人生を歩むタメには

あなた自身が

「私は絶対、幸せになれる!!」

という確信をつかむしかない

その、具体的な方法が

創価学会の信心です!!

これだけは断言できます

創価学会の信心をしてない人で

「絶対に幸せになる」

と、断言できる方法を持った人をさがして

お母さんと対決させてみなさい

どちらが本物か…

ま~、ナカナカ

「絶対に幸せになる方法」

をもっている人はいないでしょうが…

でも、あなたのお母さんは、この方法を知っています

人間は幸せになるために生まれてきたんです

幸せになってください!!

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キヨさん

宗教観は個人のモノ、親の許可制じゃないよね。

私の方は父が狂信的でした。現在、身体が衰弱していて臨終間際です。

40歳過ぎたら学会に騙されてたこと、人生無駄に過した事気付かせないほうがイイのかなあ。

実は、私の家ではテレビがなく、私がバイトで買いました。学校でのテレビの話題は・・・・でもおかげで読書はしましたよ。

親の価値観、宗教は置いといて、家族の想い出は大切にしようと思ってます。

私の親は創価学会に騙されたまま死ぬでしょう。でも最近は達観して来ました。

3・16なつかしいですね。では「時間」が解決してくれることを祈りつつ。


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>seyさん

はじめまして、キヨです。
コメントありがとうございました。

気持ちは落ち着いて、いつもの毎日が戻ってきました。
暖かいお言葉、ありがとうございます。

創価学会の彼女様と別れたのですか・・・
このブログを初めて、何人もの別れを聞いてきました。
その度に、なぜだろう?なぜだろう?って、
理由はわかっているはずなのにとても苦しくなりました。

自分が無宗教になれば、こんな思いをすることは、
はじめからわかっていたはずなんですけどね・・・

勢いで書いた文だったので恥ずかしいです。。。
じゃあ消しなよ、って感じなんですけどね(汗)

またいらしてください♪

はじめまして、最近創価学会の彼女と別れましてこちらのブログに辿り着き、拝見させていただいてます。今回の日記、心中御察しいたします。はじめましての私がかける言葉もありませんが、とにかく元気を出してください!これからもお邪魔させていただきますね。

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こんにちは、キヨです。 周りから様々な影響を受けて無宗教になりました。 このブログは、恋人や知人が創価学会で苦悩している 人と学会の方々にあてたブログです。 記事はあまり順番を気にして書いていないので、好きなタイトルからご自由にお読みください。リンクはご自由にして頂いて結構ですが、その際コメント欄で教えて下さいね。

キヨ

Author:キヨ
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