創価学会の私と無宗教の彼

学会3世・活動家だった私。元恋人に影響され、無宗教になりました。

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みなさんこんばんは!

少々コメントが白熱気味ですが、皆様に読んで頂きたいコメントの
流れでしたので記事に致します。
私とナカチャンさんのとのやりとりです。
皆様がお読みになってどう感じるかは、皆様次第です。

私はもうナカチャンさんにはコメントを返す気はないので、
それをご了承の上お読みになり、コメントしてくださる方はして頂きたいです。

尚、記事の本文を読まなくても(少々長いので)
コメントを読むだけでもやりとりの内容は理解できると思います。
コメントは下が古く一番上が新しいコメントになります。

「相対的幸福」と「絶対的幸福」記事とコメント全文

※私は学会員さんとのやりとりをできるだけ削除したくありません。
私以外への誹謗・中傷は削除対象となりますのでコメント時にはご注意ください。
また、コメント時には不特定多数の方が読んでいるということも
しっかりと意識し、コメントをお願いいたします。

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コメント

>CHANCEさん

こんにちは!

>>ふと思ったんですが、キヨさんは私の長女とあまり違わない年齢だったんですね。
>>すごいです。
>>ずいぶんしっかりされてて驚きました・・
>>ほんと素直で、気持ちが純粋で、きっといい人生を生きていかれると思います。
>>その、前向きで純粋な気持ちのまま、パワフルに日々、生きてらっしゃるんだろうな・・
>>と思うと、私もなんだか嬉しい気持ちになります。

そうなのですか、娘さんと同年代なのですね(^^)
でも、全然しっかりしていませんよ(^_^;)
いつも子供みたいなこと言って彼を困らせていると思います。
パワフルに毎日を送りたいですね(^^)
平凡なりにも山あり谷ありの人生だと思います。
日々自分を見失わなければ、大切な人と一緒に頑張っていけそうです。

>>私の娘は22歳なんですが、私と同じく早婚でして、先月2歳になったばかりの娘も
>>いるんですよ。
>>(実は私はおばあちゃんなんです・・)

そうなんですか!
若い時の結婚は私の友人にもいます。私はまだですが・・・(^_^;)
私の親戚にも若くして結婚、出産した方がいるのですが、
そのお母さんに会ったときに「若い結婚は反対だったけど、
孫を見たらそんな気持ち無くなっちゃった」と言っていました(^^)
それほどお孫さんは可愛いのでしょうね。

>>昨年、幹部からなんやかんや言われ(御本尊を持たせろ、新聞を取らせろとか)、
>>あんまりしつこいから『だったら今度の統監で落としてください。』と言ったら、
>>またなんやかんやとウチに来ては指導していきました。

こういうことは、本当に困りますよね(*_*;)
信仰心が無いのに「御本尊を持たせろ、新聞を取らせろ」などは
明らかに間違っていると思います。
挙句の果てには「あの夫婦は活動していないから○○だ」なと言われてしまう、
何も悪いことしていないのに、胸張って生きていけるのに、本当に悲しいことですね・・・

>>まぁでも、今思うと、婿さんを入会させなくて良かった・・・とつくづく感じてます。
>>(この婿さん、とっても気持ちの良い子なんです。)

そうですね、入会したら最後、みたいな所ありますからね(>_<)
気持ちの良い方だなんて最高ですね(^^)

>>何より大事なのは、信仰を持つかどうかより、人間として忘れてはいけない心を
>>持てるかどうか、のような気がします。
>>これは信仰を持ってるか持ってないかで決まるわけじゃないですよね。

そうですよね、人間として常識を守り、人が嫌がることは強要せず
生きていけるかいけないか、とても大切だと思います。
信仰を持っているか持っていないかで決まるものではないですね。
CHANCEさんもご家族共々、もっともっとお幸せになってくださいね(*^^*)

キヨさん

それだけで充分です。

ふと思ったんですが、キヨさんは私の長女とあまり違わない年齢だったんですね。
すごいです。
ずいぶんしっかりされてて驚きました・・
ほんと素直で、気持ちが純粋で、きっといい人生を生きていかれると思います。

その、前向きで純粋な気持ちのまま、パワフルに日々、生きてらっしゃるんだろうな・・と思うと、私もなんだか嬉しい気持ちになります。

私の娘は22歳なんですが、私と同じく早婚でして、先月2歳になったばかりの娘もいるんですよ。
(実は私はおばあちゃんなんです・・)

婿さんは学会の人ではなく、娘も信心する意思はなかったので、そのまま御本尊を持つことなく今に至ってます。
が・・。

昨年、幹部からなんやかんや言われ(御本尊を持たせろ、新聞を取らせろとか)、あんまりしつこいから『だったら今度の統監で落としてください。』と言ったら、またなんやかんやとウチに来ては指導していきました。

ほんとウザイです。

娘は『いらない』と言ってるのに、聞けないんですよ、幹部は。
人の気持ちを受け止めることができないんですね、ちっちゃくて弱いんです。

まぁでも、今思うと、婿さんを入会させなくて良かった・・・とつくづく感じてます。
(この婿さん、とっても気持ちの良い子なんです。)

何より大事なのは、信仰を持つかどうかより、人間として忘れてはいけない心を持てるかどうか、のような気がします。
これは信仰を持ってるか持ってないかで決まるわけじゃないですよね。

学会の活動家を見れば良く分かります。

特に信仰を持ってなくたって、できる人は充分にできてますから・・。

私も今日一日頑張ってきます。


>麗子さん

こんにちは!

こちらこそ、感謝いたします。ありがとうございます。

キヨさん
おはようございます。
お返事が遅れてすみません。
私は全然気にしていないので、Nさんのコメントはそのままで結構です。
お心遣いありがとうございました。

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本当はしっかりとお一人お一人にコメントを返したいのですが、
この場では私のコメントよりも、様々な方のコメントをいただきたいため、
私の方ではコメントは最小限にしたいと思っております。
(私自身最近あまり時間がないので・・・と少し言い訳もしてみます(^_^;))

>創価瓦解さん

とても解り易い内容でした。私も同意見です。
瓦解さんのこのコメントは多くの方に読んでいただきたいと思いました。
(私はとても簡素にまとまっていると思いますよ!)


>aiさん

とても勉強されているのですね!
私は仏教の歴史や法華経などについては素人なので(*_*;)

>>いろんな生き方をするひとが居ていいではないですか。

そうですよね、宗教において相手に教義を強要する必要性は全くありません。


>麗子さん

お気遣い、深く感謝いたします。
Nさんの心無い発言を麗子さんに浴びせてしまい、申し訳ありませんでした。
見た瞬間削除しようと思ったのですが、麗子さんがもしよろしければ
このまま残させていただけると嬉しいです。
(大丈夫かコメントいただけると助かります、もちろん麗子さんの意見を
尊重いたしますので、ご遠慮せずになんでも言ってくださいね。)
Nさんがこんなにも失礼な人だとは正直思いませんでした。
とても悲しく思いますが、これからはスルーが一番ですね。


>CHANCEさん

私も、慰めあいでいいと思っているんです。
私はカウンセラーでもないし、医者でもない。
他の人の心の病気だとかを治す術なんて持っていません。
ただ、同じ体験談を聞いたり吐き出したりすることで
何か思うことがあればそれで充分このブログが存在している
意味があると思っています。思ったことを言う、常識の上でマナーを守り、
意見できる、または読むことが出来る、それだけで充分ですよね。


>旧式さん

知性を微塵も感じないのはオイラだけではなく、
大半の方がそうだと思いますので、ご安心下さい。
お気遣い、深く感謝いたします。


>乗り遅れたカモ♪さん

お久しぶりです(^^)
お元気でしたでしょうか??
コメントしてくださり嬉しいです。
政治については私は疎いので細かい話はできないのですが、
『古い話だけど、仮にも国会で決まった創価学会の代表の証人喚問を、
公明党がバリケードを張ってまで阻止した辺りは学会員さんの解釈は
どんなもんなんでしょうか?』
こんなことあったのですか(*_*;)?
是非学会員さんの意見を聞きたいですね。

気にせずにコメントしてくださいね♪

キヨ様お久しぶりです♪

なんか至る所でナカチャン様が皆様を楽しませていらっしゃる様ですね♪

私もナカチャン様ブームに乗りたかったのですが、時間が取れず乗り遅れてしまいました☆

今さらですが少しだけいいでしょうか?

大半はナカチャン様の言葉遊びなのでスルーいたしますが、具体的に質問されている点ととして、1点だけ。

公明党~について。

公明党の指示母体が創価学会だからじゃなくて
創価学会の支持政党が公明党だから皆困ってるんだよね♪

古い話だけど、仮にも国会で決まった創価学会の代表の証人喚問を、公明党がバリケードを張ってまで阻止した辺りは学会員さんの解釈はどんなもんなんでしょうか?この辺りも何か因果⇒結果とかあったりするのかな?

あぁ他にも聞いてみたい事一杯なんだけど時間がなくなっちゃったね♪

キヨ様終わったブームに今さら乗っかって貴女のブログ汚しちゃってごめんなさい!

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皆様へ

皆様コメントありがとうございます!

土日は出かけていて皆様にコメントができないので、
ご了承下さい><;

キヨ

こんばんは。

どんな宗教にも信じる者には功徳らしきものはあります。
だからと言って、特定の宗教を信じなければいけないということもないし、信じなくても生きていくうえで何も不都合はないと思っています。

数年かけて仏教書や日蓮についての解説書を読み、ネットの仏教サイトで勉強し、創価学会のことを調べました。
実家には正宗時代の古い本もありますので、戸田会長や池田会長の講演集などを読んでみました。
そして、親不孝だの宿命が出て乗り越えられずに不幸になるだのと言われましたが、創価学会員でいたくない自分のために脱会しました。

私のような自分の『意思』で入信していない創価学会2世が、信仰から離れたとしても、ちっとも不自然ではありません。
考えることを始めたら当然、脱会に行き着く2世がいてもそれは当たり前のことだと思っています。
日蓮仏法が必要でないという結論をだしたことを、親でも誰でも認めるべきだと思います。

学会の活動家は、常に自分が正しいと思っているようです。
私が信心を押し付けられてとても嫌がっているのに、素直じゃないとか言って、私を不愉快にしていることには無頓着。
なのに私の側からの、
大乗非仏説だから五時八教は成り立たないし、法華経を釈迦の直説だと思っていた日蓮の仏法がなぜ絶対なのか?等の教学的な疑問には、
末法の御本仏日蓮大聖人が御書に書いているからとしか言わず、(そもそも日蓮が末法の本仏というのも、日蓮正宗独自の教義です。)
ただ批判された、バカにされたと不機嫌になって怒る。
あげくには、可哀そうとか言い出すひともいました。

いろんな生き方をするひとが居ていいではないですか。
全国みんな創価学会員だなんて、息が詰まりそうじゃないですか。

私は後悔してないし、これからも山あり谷ありの自分の人生を淡々と生きていくつもりです。

バリさんは、脅しますけど、負けません。


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バリ学会員のコメントで賑やかになっているのをいいことに、どさくさ紛れで(^^;)様々なところで書いたことをここでも書きます。

よく「無宗教」と言いますが、それは「特定の信仰をしていない」という意味だと思います。
そして「信じる」という点では、少なくとも「自分を信じている」のです・・・意識的か無意識的かにかかわらず。
つまり特定の宗教を信じている人は、その宗教を通じて自分を信じているということです。

そこで私は、日本人に最も多い所謂「無宗教」というのは「信仰心の薄い多神教」「俺様教の教祖兼唯一の信者」だと言っています。
「信仰」というレベルではなく「何か信じるものがあるか」という基本部分で考えると「無宗教」ではないけれど、多くの人は日常のやりとりで「信仰心の薄い多神教」だの「俺様教の教祖兼唯一の信者」だのと言うのは面倒だから「無宗教」という言い方をしているのだと思います。

ところで日本人に最も多い多神教というのは、仏教伝来より遥か以前からあるアニミズム(自然信仰)が元になっています。
「この木に魂が宿っている」「この池には神が住んでいる」「喋っているものに霊が宿っている=言霊(ことだま)→言葉」(「起立、霊、着席!」・・・ん、なんか違う?)といったもので、様々なものに神や霊が宿る・・・それが多神教の元であり「八百万(やおよろず)の神」という言葉につながっているし、更には「お天道様を拝めない」「苦しい時の神頼み」といった慣用句が生まれる背景となったと云えます。

ここで一神教(創価学会は典型的な一神教)と多神教を比較してみます。
これは一元論(価値観の一元化:正邪二元論と大雑把には同じ)と多元論(多様な価値観)ということでもあります。

一神教においては価値観は「唯一絶対正しい教義」であり、それに合わない価値観は「許してはいけないもの」です。
そのことは何事にも正邪を決めることとなり、邪とされたものは徹底的に叩かれ排除されるのです。
そこでは独裁・独善が生まれやすく、柔軟な発想を許容する環境は醸成されないし、自らを客観視する力は生じにくい。
同時にそのことは、決断力・統制力・実行力・組織力という点で大きな強みを見せる。(ここで言う「統制力」は強制的で条件反射的なものであり、主体的で理解の上に成立つ「統率力」のことではありません!)

多神教では価値観は「多様である」と考えるので、違う価値観に対して許容すると共に「強要されないもの」です。
つまり物事を二元的に捉える必要がないのであり、様々な共存が可能です。
自由な考えが当然のこととして認識され、柔軟な発想が許容されるし、自らを客観視することもできる。
同時にそのことは、優柔不断になりやすい、統制が効きにくい、合意に時間がかかるという弱点もある。

創価学会の場合、一神教が非常に原理主義的に打ち出されており、だからバリ学会員の言動が画一化して、仲間内でしか通用しないものになりがちなのです。
しかし世の中というのは画一的な捉え方で理解できるものではないし、ましてや池田大作という「個人=無謬であるはずかない&矛盾を根源的に持つ存在」のお言葉をありがたがっている人達の「我々こそが唯一絶対正しい」という主張など、まったくもって世の中の実態と乖離したものであります。

そこで多神教は「正直に」言う・・・「世の中にはわかることとわからないことがある」「物事には矛盾のあるものもある」・・・それは「事実認識の問題」であり「正邪の問題」ではない。
「わからない」という事実を表明して、そこから「どういう仮説を立てるか」「どういうアプローチでわかろうとするか」が大切なのであり、バリ学会員のように勝手な解釈で「こうだ!」と言ってしまうことは非常に危険なのです。

長くなりすぎましたので、ここらへんでやめておきますが、云わんとしていることの幾許かは伝わったでしょうか。
その他にも言いたいことはあるのですが、それはまたの機会にします。
あーあ、どうして簡潔な文章が書けないんだろう?

>旧式さん

こんばんは!キヨです。

旧式さんも釈迦ファンさんも、30代なんて全然オッサンじゃ
ないじゃないですか(><;)

>>そんなオイラが逆に哀れで可哀相なのでしょうか?信心すべきなのでしょうか?

私は旧式さんが可哀相とか、哀れだなんて一回も思った事ないです(><;)
皆さん真剣に悩み、苦しみ、答えを見つけていきます。
その姿を見て可哀相など言う人がいたら、私は心底軽蔑します。

釈迦ファンさんがおっしゃっていますが、
『人に「哀れで可哀相」と言われて「信心すべき」と思って何らかの宗教団体に所属してしまうとしたら、
それはいわゆるマインドコントロールされてしまっている状態なのではないでしょうか。』
この通りだと思います。

「あなたは信仰しなければいけない」なんて、誰にも言えない事であり、
強制することでは決してないと思います。
皆、様々な方法で幸せになる、これで良いと思います。
幸せになる方法を強制するなんて、私にとっては理解不能です^^;

こちらこそ、こうやってコメントしていただいて嬉しいです。
これからもよろしくお願いしますね^^

> 旧式さん

そうとは知らず、30台入りたての、若手のオッサンが生意気なことを申しました。m(_ _)m

ありがとうございます。

オイラの言葉足らずでございました。
ちょっとした皮肉のつもりで言ったまででございます。m(__)m

おっしゃる事は深く同意でございます。

オイラは三十路もすでに半ばを過ぎまして、世間ではもうオッサンの部類に属します。願えば叶うなんていうよりは自分で何とかしたほうが手っ取り早いなんて思っておりますし、世の中思い通りになんてそうそう上手く行かないものだと思っております。
100の望みがあったとして2~3の望みが叶えば結果オーライかなと…いや、それでも贅沢かもしれません。(笑)

かなり脱線しましたが、そんなオッサン目線でもう少し覗かせて頂きたいと思います。
キヨさん、釈迦ファンさんをはじめ皆さん宜しくでございます。

> 旧式さんへ。

エントリーの本旨からはずれてしまいますが、何かお悩みのようなので、答えとはならずとも、何かのヒントになればと思い、私の考えを書かせていただきます。

> そんなオイラが逆に哀れで可哀相なのでしょうか?信心すべきなのでしょうか?

ご自分の心の中から内発的に、自分自身を「哀れで可哀相」と思われ、信心が得られたのなら、その道を歩まれれば良いと思います。
しかし、人に「哀れで可哀相」と言われて「信心すべき」と思って何らかの宗教団体に所属してしまうとしたら、それはいわゆるマインドコントロールされてしまっている状態なのではないでしょうか。

信心であろうと信仰であろうと、何の宗教的確信もなく宗教の道に入るのは、後の苦しみを増すだけのように思います。

もう一点、宗教心を持つことと、何らかの宗教団体に所属し、団体活動を行うこととは、必ずしもイコールではありません。
キリスト教の無教会主義のようなスタンスもあります。
むしろ、宗教団体に属することが、宗教の道を歩むことの妨げになってしまうケースも多々あるように思います。


駄文、失礼しました。

>涼さん

はじめまして!読んでいただき、
またコメントしていただきありがとうございます(^^)

確かに段落がなく読みずらいですね。
それに誤字もかなりみられますし・・・(^_^;)
どこからが引用文なのかもわからないほどです。

ナカチャンさんによる書き込みは受け付けますが(今のところ)、
正直これ以上話し合っても無意味に感じましたので
コメントは返さないつもりです。

応援していただけるなんて恐縮です、
とても嬉しいです(^^)ありがとうございました。

初めまして!
涼ともうします。
3世で非活の彼氏のいる無宗教人間です。
密かに読ませていただいてましたが、初めてコメントさせていただきます。

ナカチャンさんとキヨさんのやり取り読みましたが、ナカチャンさんの文章は本当支離滅裂ですね。
前におっしゃってる方がいましたが、段落がなくすごく読みづらいのはもちろんですが。
文章も誤字がところどころに見られ、内容も難しく書こうと努力している様子は見えますが、稚拙なものに思えてしまいます。
私たちが理解出来ないのは、自分のレベルについて来られないからだ、ぐらいに思ってるのかもしれませんが…。
人を見下すような文章を書いてる割には人間が出来ていないようですね。
話があちこちに飛び、まただらだらと長いだけで結局何が言いたいのか全く伝わって来ません。
私の彼がこんな人でなくてよかった、と心から思いました。
それに、キヨさんのことを「菩薩の心がない」、なんて言う前に自分の言葉を見直して頂きたいものです。
どう考えても思いやりにかけてます。
何かもやもやしてしまい、コメントせずにはいられなくなりました。

キヨさん、相手にしないというのは賢い選択だと思います。
これからもブログ読ませて頂きますね。
応援しています。

コメントしてくださいました皆様へ

コメントありがとうございます!
「相対的幸福」と「絶対的幸福」の記事のコメントの中で、

「この記事に対してのコメントはこれ以上書き込まず、
新しい記事の
『皆様に読んで頂きたいコメントのやりとり』の記事の
コメントにて発言してください。」

と明記しているのにも関わらずコメントしてくるナカチャンさんを見て、
注意書きさえも読んでいないのかと正直落胆しました。
ナカチャンさんのコメントには私は返しませんので、
ナカチャンさんがお読みになっていましたら、ご了承くださいね。
私はあくまで「学会員と非学会員のコメントのやり取り」を
一つの貴重なデータとして公開しています。
読んでくださる方に判断はお任せし、このような記事も書いています。

私もブログが荒れてしまうのは嫌ですが、
このように学会員の方とお話するのもこのブログの方針なのです。
はっきりと見て、読んで判断していただきたいのです。
どちらが正しいかが問題なのではなく、
学会員の人、非学会員の人がどのようなことを言っているのか。
これを読んで「何を感じたか」を問題にしています。

私の価値観が熱心な活動家の人には理解できないように、
私も熱心な活動家の人の価値観は恐らく理解できないでしょう。
ただ、否定はしません。人それぞれですからね。
しかし疑問を投げかけ、「それは私と価値観が違う」と発言したことが
イコール批判している、と受け取られるのは悲しいことです。

これからも様々なコメントが書き込まれると思いますが、
スルーするべきものはし、答えるべきものは答えようと思っています。

頭悪いので…

難しくてオイラにはついていけません。

ナカチャンさんやユーさんの文章からは無機的なイメージしか感じられません。
言葉に魂が感じられません。少なくともオイラには伝わりませんでした。

学会のみならず宗教に無関心な人が大半なのがこの国の現状だと思います。
オイラもその中の一人です。
ひょんな事から身近に考える事になりましたが、関わりあいたくなかったらいつでも退場できる無責任な立場です。
この数ヶ月、自分なりに考えましたが、考えれば考えるほど、知れば知るほど切ない気持ちになります。

所詮、こちらが勝手に抱いているジレンマなんですけどね…。

そんなオイラが逆に哀れで可哀相なのでしょうか?信心すべきなのでしょうか?

訳解らない事を書いております。
すみません。

でもそれでもオイラは今の所、困った時の神頼みレベル以下です。

ああ、下で創価瓦解さんが書かれていましたね。

少なくとも創価瓦解さんの分析では、「独善的」で「非常識」で「説得力」がないのは「典型的」だけれども、今回はあまりにも程度が低すぎる、ということですね。

ナカチャンさんの文章ですが、内容がどうこう以前に、段落が少なすぎて、読みづらいです・・。
一つめのレスの途中で読む気力が尽きてしまいました・・。

思いばかりが勝ってしまってるんでしょうねえ。幼く感じます。

また、態度が喧嘩腰で、断定的で、非常に失礼に感じたんですが、学会員の熱心な方って、こんなものと思ってしまってよいんでしょうか?
それとも、もっと冷静で、穏やかな方が普通なんでしょうか?

ナカチャンさんといい「子供の入会について」のユーさんといい、どうしてこうも独善的で選民意識にまみれた非常識で説得力皆無のコメントをするバリ学会員が続いて登場するのかと、呆れてしまいます。

不特定の読み手に「創価学会員ってこうもひどいのか」とか「学会にかかわりたくない」と思わせる結果になっていることに思いが及ばないのだろう。
二人とも 「 決 定 的 に 想 像 力 が 欠 如 し て い る 」 のであり、これは典型的な「正義を振りかざすバリ学会員」に共通するものです。

それにしてもナカチャンさんのコメントは、バリ学会員の類型化した独善的演説の中でも相当程度の低い支離滅裂なものでしょう・・・これはバリ学会員以外の多くの読み手の同意を得られると思います。

論理などなく、事実誤認(例:ガリレオは火あぶりになどなっていない)も少なからずあるし、手前勝手な解釈のオン・パレードは、ある意味「意図しない笑い」とも言えるんぢゃあないだろうか^^;

キヨさんが対応を決めるものではありますが、私の希望としては、これ以上ああいうコメントが続くのは読み手にとって煩(うるさ)いので、できればある時点からは削除などの対応がいいと思います。
ユーさんについても、今後の出方で同様の対応がいいのではないかと思います。

宗教は解釈が命なのであり、だからこそ解釈次第で人の心に安寧をもたらすこともあれば、正義を振りかざして人の命を奪ってしまうこともあるのです。
バリ学会員の独善的コメントには困ったもんです。

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こんにちは、キヨです。 周りから様々な影響を受けて無宗教になりました。 このブログは、恋人や知人が創価学会で苦悩している 人と学会の方々にあてたブログです。 記事はあまり順番を気にして書いていないので、好きなタイトルからご自由にお読みください。リンクはご自由にして頂いて結構ですが、その際コメント欄で教えて下さいね。

キヨ

Author:キヨ
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