創価学会の私と無宗教の彼

学会3世・活動家だった私。元恋人に影響され、無宗教になりました。

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みなさんこんにちは!
様々な方のコメントやメールを読ませて頂く中で、
やはり創価学会は精神的に負担になるものだと私は強く感じています。

最近はブログというアウトプットできる場があるので、
ある程度気持ちが固まっている人はブログを立ち上げることができます。
しかし、なぜブログを立ち上げる必要があるのか?
これを考えた時やはり大きなポイントは、

○同じ悩みを共有し、何らかの解決策を見出したい
○経験した人の話を聞きたい

上記2点だと私は思います。
精神的・肉体的に負担がかかりやすい「宗教」という問題。
私達日本人は外国の人と違い、宗教が直接毎日の生活に
関わってくることが少ないと思います。無宗教の人にとってみれば
食事の前のお祈りもしないし、御参りも一種のイベントです。

よく母が言っていました。

「自分の宗教を問われて答えられないのは日本人ぐらいだよ。
 それだけ日本は遅れているということなんだよ。」

私は決してそうは思いません。

信仰する自由があるのならば、
信仰しない自由もあるべきだと思います。


特定の信仰対象(宗教)を持っていないことは、
決して恥じることでも悪いことでもありません。
自分の宗教を知らなくても、一生懸命生きていれば
それだけで素晴らしいことではないでしょうか。

私は、このブログを読んでくださっている人に向けて
いつも「無理だけは絶対にしないで下さい」と言っています。
なぜなら、宗教の問題は冷静になって考えなければ
言い方は悪いですがある意味自傷行為になります。
どんどん深みにはまって抜け出せなくなってしまいます。
果てには精神的病にかかったり、体調を崩したりすることになりかねません。

宗教という理解できない次元の話になると、
普段より一層精神的負担が大きいかと思います。
答えが見いだせなくても、人に話すことで楽になることもあります。
私のブログの他にも、とても素晴らしいブログがたくさんあります。
是非リンクしてあるブログなども読んでみて下さい。

苦しいということは、あなたは既に充分考えているということなのですから。

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コメント

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>釈迦ファンさん

こんにちは!

私ももちろん「宗教・無宗教」で争うのはいかがなものかと思います。
様々な宗教があって、それぞれ良い部分も悪い部分もあり、
また無宗教な立場でいることもそうですね。

ただ、それはある意味極論なので、そこを突っ込まれると
このブログの存在意義が薄れてしまうので(^_^;)

哲学と一緒ですね。
「何を問題とするか、そこが食い違っていると一生解り合えない」
ある人間には深刻な問題であっても、
違う人間には全然問題として考えることができない場合があります。
宗教ブログですの、お手柔らかにお願いします(^-^)

> 「自分の宗教を問われて答えられないのは日本人ぐらいだよ。
>  それだけ日本は遅れているということなんだよ。」

私は、神社で柏手を打つときや、大きなご神木を眺めているとき、なぜか心が静まり清くなったような気分になり、帰るときには少し元気になります。
そのくせ、いかにも仏教的な「おかげさま」という言葉や、仏法とはさんがおっしゃる「かたよらない・こだわらない・とらわれない」といった言葉だとか、「~してあげるんじゃなく~させてもらうんだ」というような発想に、深く共感します。

かといって、霊のようなものの存在も、様々な神の存在も、輪廻転生も信じているわけではありません。
また、無理に否定しようとも思いません。

これは、一般的な日本人の宗教意識の一つの型だと思うんですが、このような意識は多元的で重層的で複雑で・・・一言で言うと「豊かで良い」と思います。

以上から、私は、日本人の宗教意識は、そもそも上記のような単純な質問へは答えられないくらい、複雑で豊かなのであって、「無宗教」を非とする立場からも、卑下する必要は全くないと思います。

・・・エントリーの本旨からずれてしまったかもしれませんが、「~教か~教か」とか「宗教か無宗教か」というような枠を設けてこだわることが、苦しみの原因の一つにあるような気がしたので、書かせていただきました。

>仏法とはさん

こんにちは!
コメントありがとうございます^^

私は絶対的な宗教など存在しないと思っている人間なので、
正直どの宗教にも「共感」はできないでしょう。
私が宗教の存在に関してとても感謝していることは、
宗教建築についてですね。宗教がなかったら
建てられなかった素晴らしい建築物の数々が見られかったかも
しれません。(それと替わるものが存在していたかもしれませんが・・)

どんな宗教も、自分の解釈の仕方によって共感できる
部分が何かしらあると思います。
私は多くの宗教に触れようとは思いませんが、
そのような人生を歩み、幸せならばよいことだと思います^^
常識がある人間ならば、普通に幸せに暮らせると私は思っています。

>ゆきんこさん

初めましてこんにちは!
お越しくださりありがとうございます^^

私は熱心でしたが、会合へ出るのが嫌な時
(友達と遊びたいなど)はありましたね~^^;
学会が変な面は確かにあると思います。
しかし、変だと教えてくれる人が回りにいなかったので、
(と全部他人の責任にするのはよくないですが><;)
気付かなかったのも仕方のないことなのかなとも思います。
もちろん、今は自分で調べたりできるので自分の目で
納得することができるようになりとても楽になりました^^

公明新聞ですか~・・・
叔母様は熱心な学会員さんなのですね。
でも自分がいらないと思ったことを素直に伝えられるのは
凄いことですよね。人間は断ると悪いという心理がありますから><;
私は引っ越したら聖教新聞もとらないつもりです。
新聞自体、今は全部ネットで見てしまうので必要ないんです^^;

それに、愚痴なんて思わないですよ^^
また是非コメントしてください!
ゆきんこさんも旦那様とお幸せに*^^*

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キヨさんや創価問題で悩んでいる人にお知らせします。

創価信者や大作や幹部は、理屈をこねていますが、創価だけが絶対的な宗教ではありません。創価は他宗やその他の思想は邪教としています。しかし創価で自ら作った理屈は、日蓮と関係なく認めています。

仏教でもいろんな宗旨がありますが、それは文化の違いです。仏や菩薩などの解釈についても、各宗によって異なります。入口や角度がら見た違いです。

人間は普通に生きて、余分な荷物を持たないのが賢明な生き方です。こころもからだも、そうです。

普通の宗教は理屈をこねません。専門家になれば別な話です。仏縁は尊いものですが、だからと言って専門家は強制はしません。

真言宗・浄土宗・浄土真宗・天台宗・曹洞宗・臨済宗・日蓮宗などのHPを見ますと法話が載っています。特に、真言宗・浄土真宗・浄土宗はネットラジオで法話が聞くことができます。各宗門は理屈は知っていて、こころに秘めたものがありますが、摂受門(慈悲の心でやさしく衆生を仏道に導く教えのあり方)でやっています。だからこそ、仏教の団体で仲良くやっています。

創価で悩んでいる人・脱会したが「こころに空白ができている」人・キヨさんの仏縁で興味のある人は、ぜひ各宗の法話を見たり聞いたりしてみてください。なにか「心がほっとする」でしょう。

「かたよらない・こだわらない・とらわれない」と言うことが大事です。

「いのちは大事」です。人生をうまく運転して行ってください。

はじめまして。私は以前チョココさんのブログにもコメントさせて頂いた、学会2世の30代女性です。
私は子供の頃から、熱心ではなく会合に出るのが大嫌いでよく怒られていました。心の中にあった、学会への不満や納得できない想いがキヨさんのブログを読んで晴れました。なんだ!私がおかしかったんじゃない!創価学会が変なんだって!!安心しました。
実は先ほどバリ活の叔母から電話があり、公明新聞をとってもらえないかと言われたので断わりました。その際に口論になり電話を切られました。私が学会批判をしたからです。聖教新聞は日本3代新聞なんだとか色々、言ってましたが(笑)正直、郵便受けに新聞が入ってるのは、近所の手前恥ずかしいんです。私の主人はキヨさんの彼と同じく無宗教なので余計にそうだろうと思います。
ごめんなさい。初書き込みで愚痴ばかり長々と…
また、お邪魔させて下さいね。彼と末長くお幸せに♪


>えみりさん

初めまして!お越しくださりありがとうございます^^
えみりさんは2世なのですね。
気持ちが楽になったと言って下さり、嬉しい限りです^^

>うちは両親ともにバリ活…私も活動することが 親孝行だと信じていました

私も、私が活動すればするほど喜ぶ母の姿を見てきました。
創価大学を目指すと決めた時も、母と祖父母は本当に嬉しそうでした。
父親は何も言いませんでしたが、喜ぶ母たちの姿を見て、
父も嬉しかったのかもしれません。

>でも違いますよね 私には自分の考えがあって 地獄に落ちるのが怖くて
>会合に行きたくないなんて とてもとても…と思っていたのが馬鹿みたいです

はい、私も違うと思います。
自分が幸せになるための宗教なのに、他人のために
自分が我慢してする活動に、意味は無いと思いました・・・
私も地獄に落ちる、又は罰が当たると散々言われてきたので、
本当に恐ろしかったです。しかし今とても幸せで、
自分で「不幸になる」と思い込み、自分から幸せを手放してしまって
いたんだと思います。思い込みって本当に恐ろしいですね(>_<;)

>他の宗教や学会員でない人たちを非難するのが苦痛でした
>まるでヒトではないかのように言う 世界平和を願うなら
>どんな人も認めないといけないと思うのですよ

私もその通りだと思いますよ^^
よく学会員の人は「虫けら以下の生命」という言葉を
他宗教や脱会した人へ浴びせますよね。
私には信じられない言葉です。
世界平和を願っている団体とは到底思えない発言です。

こちらこそ、読んでくださりありがとうございます!
読んでくれる人がいなかったら、このブログはあまり意味をなさないので・・
(自分の悩み解決に立ち上げたわけではないので(^_^;))
ただ、私は自分の人生経験での範囲内でしか学会を話せません。
なので、悩んでいる方はできるだけ他の学会系列ブログも読んで
ほしいなと思います。悩みの種類も千差万別ですからね(>_<)
またいつでもお越しください^^

ありがとう

初めまして☆学会2世超未活動のえみりと申します
キヨさんのブログでものすごく気持ちが楽になりました
うちは両親ともにバリ活…私も活動することが 親孝行だと信じていました でも違いますよね 私には自分の考えがあって 地獄に落ちるのが怖くて 会合に行きたくないなんて とてもとても…と思っていたのが馬鹿みたいです 私は他の宗教や学会員でない人たちを非難するのが苦痛でした まるでヒトではないかのように言う 世界平和を願うなら どんな人も認めないといけないと思うのですよ あぁすいません なんか興奮して(笑)今までの気持ちが溢れてきています… とにかくキヨさんのブログに出会えて 感動してます ありがとうございます☆

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こんにちは、キヨです。 周りから様々な影響を受けて無宗教になりました。 このブログは、恋人や知人が創価学会で苦悩している 人と学会の方々にあてたブログです。 記事はあまり順番を気にして書いていないので、好きなタイトルからご自由にお読みください。リンクはご自由にして頂いて結構ですが、その際コメント欄で教えて下さいね。

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Author:キヨ
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