創価学会の私と無宗教の彼

学会3世・活動家だった私。元恋人に影響され、無宗教になりました。

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何かを絶対的真理として生きていくのはそれなりにリスクを伴います。
宗教において、その教義を絶対的真理として守り、伝えていくことは
時に間違った先入観を自分に植え付けていくことになりかねません。

例えば、生まれたときから私達全員はお金(紙幣)に
価値があると教えられています。お金は自分が働くことによって
手に入れることができる貴重なものだと。

よく見てみると、紙幣なんてただの紙切れです。
火をつければ燃えますし、破こうとすれば簡単に破けます。
紙幣を食べても美味しくないのに、この紙切れで食べ物と交換できる。
別に紙幣自体がいきなり食べ物に変身するわけではありません。

しかし、この紙幣にはとてつもない力があります。
世界を大きく動かし、お金をめぐっての争いは絶えません。
それは、世界中の人が「紙幣には価値がある」という
ある意味先入観を持っているからです。
紙幣自体はただの紙切れ。しかし、この紙切れは自分を豊かにしてくれると。

宗教も、「絶対的真理がこの信仰には存在する」という
先入観のもとに成立しています。その真理(教義)がもし
「人を殺すのは正しい」とかいうものだったら、危険極まりない
だたの狂ったカルト教団として世間には認知されます。

この教義は正しい!絶対に間違っていない!
と決め付けることが(疑わないことが)どれほど危険なことか。
それが常識から外れていないか、ちゃんと見極められる力を
宗教というものは著しく低下させます。
オウム真理教の信者が起こした地下鉄サリン事件も、
信者は「正しいことをした。悪者を排除した。」と本気で考えていたのです。
「私達のやっていることは絶対に正しい」と。

正しく自分で考えられる思考力

これは、私達が生きていく上でとても大切なものです。
それを祈るという根本的に何も解決するはずのない行為で、
「一番良い方向へいきますように」と願うのです。
自分で真剣に考えられないから、祈りに頼ってしまうのです。
現に、「どうしたらいいのだろう・・・」と考えるのではなく。
「どうしたらいいのでしょう・・・知恵を下さい!」と願っていますし。
それは今まで「困ったら祈る」というサイクルを続けてきた
学会員にとっては普通のことなのです。

自分の人生、自分で切り開いていくものだと私は思います。
いつだって裏切らないのは自分。創価学会ではありません。
誰かにばかり頼り、祈り、信じ、それにすがって生きていくのを
私は否定しませんが、果たしてそれが「絶対に幸せになれる道」でしょうか。

創価学会の教えではないと幸せになれなかったら、
今まで生きてきた人の99.9%以上が不幸になっているはずです。
しかし、そんな世界ではありませんよね?
不幸な人ももちろんいる、しかし幸福な人もたくさんいます。
でもそれは「普通」なことであって、幸福な人がいれば不幸な人も存在してしまうのです。

自分を客観視する力

これが著しく欠けている学会員が「絶対に幸せになれるよ!」と言っても、
そこには何の説得力もないのです。
ここを指摘されて怒っている学会員の方がいたら、
あなたはちゃんと自分を客観視できていますか?
できていたら、怒ることなんてできないと思います。


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コメント

こんにちは!
コメントありがとうございます^^

>キヨさんのお話してることで共感できることもいっぱいありますが、
>「祈りに頼ってる」っていうのは うーんって思いました。
>祈るだけでいいわけじゃなくて+行動。
>お題目はあくまで力を十分に発揮するための、
>自分を信じる為の確かめの行為だとわたしは思ってますよ。

あおえさんが祈りをあくまでも「ポテンシャルを高める手段」
と解釈しているのならば、私の考えと一緒です。
私は活動家の時に、祈りに頼って行動しない人を多く見てきました。
もちろん私も祈りに頼っている部分がありました。
心のどこかで、「祈ったから叶うのではないか」という
意識がどうしても芽生えてしまっていました。
そしてその祈りが叶わないと、自分の努力不足を素直に認められず
「祈りが足りなかった」と解釈してしまっていたのです。

例えば、家計が大変ならば、専業主婦の方ならパートに出てお金を稼ぐなり
何か直接的な行動をすればいいと思うのですが、
仕事ができる状態(体調など)で仕事をしないで活動・財務を頑張っている
方はどうなのかなと思ってしまいます。
祈ってお金が涌き出てくるはずも無く、財務をいっぱいすれば
何倍にもなって返って来るわけではありません。
そんな理屈が通ったら、ほとんどの学会員は裕福になっているはずですから(^_^;)
しかし現実はどうでしょうか・・・
財務をすればするほど何倍にも返って来るというセリフを
聞かないことはないでしょう。真心ならば、無理強いする必要はない
はずだと思うのです。

あおえさんが祈りに頼っていないとおっしゃるのならば、
それは良いと思いますよ^^
やはり学会内部でも様々な価値観がありますし、
私は実際に体験したことを素直に書いているだけですので、
狭い見識での意見の可能性も充分あります。

>どんな教えも鵜呑みにするのではなくて、自分の中で消化して、
>納得して…とびみょうに活動してます。

そうですね!私もその考えとても大事だと思います。
何でも正しいと思うのではなく、自分で考えていくことは
何事でも大切ですよね。
私もこれから色々考えていくと思いますが、自分を信じて
客観的に物事を捉えられるようにしていきたいと思っています。
また是非きてくださいね^^

偶然たどり着いたことに縁を感じたのでコメントさせてもらいます。

わたしは学会二世で、活動家ですが、仕事が忙しくあまり活動にでれなくなってから特に客観的に見れるようになってきました。

この行動って社会的に見たらどうなのかなっとか。
社会的に奇異にうつるような信心の仕方はよくないって私のしってる幹部のひともいってたし、私もほんとそう思います。

キヨさんのお話してることで共感できることもいっぱいありますが、「祈りに頼ってる」っていうのは うーんって思いました。
祈るだけでいいわけじゃなくて+行動。
お題目はあくまで力を十分に発揮するための、自分を信じる為の確かめの行為だとわたしは思ってますよ。

どんな教えも鵜呑みにするのではなくて、自分の中で消化して、納得して…とびみょうに活動してます。

キヨさん、これからも自分の考えて悩んで出した結果を信じて!

またおじゃまします!

ちなみにわたしのカレは曹洞宗の寺の息子です。

>りょうつさん

こんにちは!

こちらこそ、どうもありがとうございました!
皆様のコメントは、とても勉強になります。
私達が真剣に考えないといけない問題だなと痛感します。
またいらしてくださいね!お待ちしています。

こんばんは コメント読みました

自分の強い意志をお持ちの方で感心いたしました
あなたの結果(道)は 無限大ですね
大変、勉強になりました 
感謝いたします ありがとうございました。




>みなさん

こんにちは!
初めまして、お越し下さりありがとうございます!

時間はかかっても、ゆっくり考えて全然大丈夫です。
私もこれからいろいろ記事を書いていくと思いますが、
何かコメントありましたらどしどし書き込んでください!
(非公開でも全然大丈夫です☆)

>りょうつさん

初めまして!いつも見て頂きありがとうございます!

確かに、客観的に見られたのは母と彼のお陰が大きいです。
そういう面では、ある意味母の許せない発言に
感謝しなければいけないかもしれません。
しかし、りょうつさんのおっしゃっている「いい結果」とは
一体どんな結果なのでしょうか。

学会に関して書くという事は、ある程度愚痴や批判的になってしまうのは
仕方のないことだと思っています。
私の感じたありのままの気持ちを書くのが、このブログです。
その中には、愚痴や批判に繋がってしまうこともあります。
できるだけ感情的にはならないようにしていますが、
それを全て自己抑制できるものでもありません。

母のこと、私は母と解り合いたいとは思っていません。
その為の努力もしません。母に向かって学会のことを
客観的に言えば言うだけ、お互いになにも良いことがないからです。
現に母は活動熱心で、学会の話になると急にヒステリックになります。
私は信仰によって母が救われているのならば、それでいいと思っています。
それが人に迷惑をかけなければ、何も問題はありません。
しかし現に選挙を頼まれたり、新聞を頼まれたり、私にとって
「迷惑と感じる行為」はしっかり言ってます。

母と話し合うよりも、私は姉・父・私で創価学会について
話し合う機会を設けたいと思っています。
母とは真剣に話し合おうという態度を見せても、
今迄一回も真剣に聞いてくれた事がありませんでした。
相手がそのような態度なら、こちらは無理して話し合う機会を
作らなくても良いと思っています。

いつか解り合えるのもよし、解り合えなくてもよし、
冷たく聞こえますが、私はもうこれ以上母から何も言われたくありません。
これ以上、母を憎んでも仕方ないし、それは無意味だとも思います。
全ての人に祝福されて結婚するのは、正直無理だと思います。
しかし、私は全然悲しくありません。
それは、私が創価学会に生まれしまった運命だからです。
それを受け入れて、でも祝福してくれる人が私にはいます。
それがとても幸せで、大切にしてきたいって思っています。

全然余計なお世話なんかじゃありませんよ!
コメントありがとうございます。色々考えさせられます。
応援、ありがとうございます!

>仏法とはさん

こんにちは!

周りが見えていない、自分たちが一番正しいと信じている、
疑いたくなう気持ちが学会員にはあります。
自分でわかっていても否定したくない、
それは自分の生き方を否定してしまうから・・・
そんな風に生きるのって、とても疲れますよね。
それに、そんな生き方をしていると周りから受け入れられない、
創価学会内でしか生きて行けない、とても悲しい事です。
心のブレーキとアクセル、とても大切だと思います。
いつも全力で頑張らないといけない学会員にとって、
六分ぐらいの力しか出さないのは許せないことなのでしょう。

はじめまして。なかなか洗脳がぬけませんが、
キヨさんのブログには、たすけてもらっています。
ただ、 もう少し時間がかかりそうです。



毎日 見させていただいております


このブログの趣旨や学会の事
すべての原因はお母さんとの関係が
原因でしょうか?

「自分を客観視する力 」

いい目覚め 無宗教の彼との出会い
そして宗教、学会のこと
この事を真剣に考えることが また見ることが
できたのも 彼のお陰であり
お母さんのお陰でもあると思いますよ
批判、愚痴 はいい結果へとは
進まないのではないでしょうか?

学会のおかしい所を
書いていらっしゃいますが
根底にはお母さんとの関係が
あるのではないでしょうか?
お母さんと 心の底から
話し合ってみたほうがよいのでは
ないでしょうか?
そして お母さんがなぜ それほどまでに
信仰されているのか?
されるようになったのか?
受け入れ理解してあげることも 大事ではないかと思います

世の中には 親もいない子供もいる
障害をもって生まれた子供もいる
あなたは 普通の家庭に生まれました
ただそこに宗教があっただけ
しかし 世の中の事や真理
それを宗教という形で学ぶことができました
このブログはなかなか いいブログですよ
それを きずかせてくれた方々が
今 あなたのそばに いると思いますよ

よけいなお世話だったかもしれませんが
コメントを書くか自分もかなり悩みました
もし ご迷惑、勘違いでしたら
すいません 自分の勉強不足か
自分に問題があるのかもしれません
反論していただいても構いません

ちなみに
自分は 離婚した父が学会員
母は去年 亡くなりました
もう喧嘩も親孝行も出来ません

あなたには まだ すべてありますよ
解かりあえたらいいですね
すべての方々に祝福されて
結婚できるといいですね
応援しています

それでは失礼いたします。












キヨさんの「紙幣の譬え」は非常にわかりやすいと思います。創価の人が見て、わかってくれればいいですが。

中国の文化大革命の「紅衛兵」
(原理主義的な毛沢東思想を信奉する学生。特に無知な10代の少年少女が続々と加入して拡大を続けた。)

創価で言えば、青年部や女子部ではないでしょうか?

「毛沢東語録」の代わりに、「御書」や「聖教新聞」などを片手に叫んでいるようです。

日蓮も信心の仕方は、「火と水」があると述べていますが、若者には操作の仕方を教えていないようです。指導部は「火」をあおっているように外からは見えます。年配の人も、勤行やって燃えているようです。選挙には、関係ない人に「公明党へ」と来ます。

何事も六分くらいの力でやるべきではないでしょうか?
そうすれば、外の景色が見えるはずです。

人生において、「心のブレーキとアクセル」は大事だと思います。

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こんにちは、キヨです。 周りから様々な影響を受けて無宗教になりました。 このブログは、恋人や知人が創価学会で苦悩している 人と学会の方々にあてたブログです。 記事はあまり順番を気にして書いていないので、好きなタイトルからご自由にお読みください。リンクはご自由にして頂いて結構ですが、その際コメント欄で教えて下さいね。

キヨ

Author:キヨ
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