創価学会の私と無宗教の彼

学会3世・活動家だった私。元恋人に影響され、無宗教になりました。

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学会員は、退転した人(脱会者)を悪く言う癖があります。
そして、前どんなに頑張って活動していたとしても、
些細な欠点を見つけ「やっぱりあの人は」と言う。
「何かおかしいと思っていたんだ」と言う。

それってものすごく惨めなことだと思いませんか?
「信じられなくなったから止めた」
たったそれだけのことだと私は思うのですが。

「アイツは退転した!地獄に落ちる!」とか
「退転するような弱い人間だったんだ!」とか、
そんなこと言う必要なにのに言われます。

それって根拠の無いただの悪口です。
悪口ばっかり言っている人を信じられますか?


「ああ、あの人はこの信心の素晴らしさがわからなかったのか。」
で終りにすればいいと思うのですが・・・これって間違ってますかね?

「わからないのはあなたの信仰心が薄いから」

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いやいやいやいやいや!!!!!
それは決して違います!!

例えば、友達Aさんに誘われてスポーツジムへ行ったとしましょう。
そして体験してみて入会したBさん。

しかしBさんは長年真剣にやってみて、なんだか自分に合わない
気がしてるけれどもAさんの手前もあり止められない。
でもこれ以上続けるのは苦痛なので、

そこで「やっぱり俺止めるわ。やってみたけど合わないし。」

と言われたら、あなたがAさんの立場なら何といいますか?

「いやいや!!本当に楽しいからもうちょっとやってみようよ!!」
「なんでこの楽しさがわからないわけ?おかしいんじゃない?」
「真剣にやってもいないで合わないとか言うなよ!!」
「そっかあ・・・残念だけど仕方ないね。」

私なら間違いなく一番下のように言います。
だって、スポーツジムを利用するのはBさん本人だし、
決して自分じゃないからです。
決してBさんが頭がおかしいわけでもないし、ただ単純に
「合わなかっただけ」なのです。

それを責められますか?

合わないものは合わないのです。
例えどんな努力をしたって。


「あなたはそんなに努力してないでしょ!」と言ったとしても、

あなたはその人がどんな努力をしたか、
自分の努力のサイズで計っていませんか?


そして止めてからAさんが周りのジム友達に
「Bは全然このジムの素晴らしさわかってないよ!!」
「あいつはもうダメだよ。全然真剣にやってなかった。」
「何かあいつは変だと思っていたんだ・・・」
とか言っていたら間違いなく嫌がられます。
少なくとも友達は増えないでしょう。

自分と合っていないものを継続するのはとても苦痛なことです。
それを止めて、その止めた人の悪口を言うなんて大人気ないです。
相手の価値観を認めるのって、そんなに難しいことなのでしょうか。
そんなに相手が間違っていると言い張って、
自分たちが正しいと安心したいのでしょうか。

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コメント

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>釈迦ファンさん

こんにちは!

>>溝が深まれば、「広宣流布」の障害になるのではないでしょうか。

私もそう思います。
自分で自分の首を締めている事に、わかっているのだか
わかっていないのかよくわからない状態です。
もし悪いことと思っても、それが学会の教えなので反発できないのでしょう。

>>もし、この矛盾を克服する手だてを用意していないのであれば、「実は『広宣流布』なんて本気で考えていない」という結論になってしまうように思うんですが・・。

そうですね。そういう結論になってしまいます。
しかし末端の信者は本気で「広宣流布のため」と思っています。
(上層部はわかりませんが・・)
いくらこちらで矛盾を指摘しても、「あなた何言っているの?」
との一言で会話が成立しません。(少なくとも私と母の間では・・)
それでも指摘していきますけどね、このブログでは(^_^;)

>チョココさん

初めまして!・・・と実はコメントしたことはないのですが、
チョココさんのブログは以前読んでいました。
様々な学会の情報を集めている中で出会ったのです。
関西の方ですよね?(まだ全部読みきっていなくすみません・・・)
コメント残してくださりとても嬉しいです。

確かに、とても似てるなあという印象は受けました!
私は学会3世なのですが、元は本当に活動家でした。
(元からこういう非現実的なことは信じない性格でしたが)
なのでチョココさんの気持ちも、旦那様の気持ちも痛いほどわかります(^_^;)
立場が全く逆なのにも関わらず、確かにとても不思議ですね・・・
でも「たったそれだけ」というのにも納得です。

私は今の彼と出会わなかったら間違いなく学会員のままでした。
しかし様々なブログを見てみても、私のような
「活動家→未活動→無宗教」というステップを踏んでの
「学会員自身のブログ」が少なかったのには驚きました。
(学会員のブログは基本的に創価学会万歳系なので)
なので、元々活動家の学会員自身が書くブログを立ち上げることは、
とても意義のあることだと思ったのです。
私自身、無宗教者も学会員の気持ちもわかるので
(わかるといっても表面的なものかもしれませんが)
私が学会員で学会に疑問を持ち始めた頃、こんなブログがあったら
嬉しいなと思ったのも確かです。なのでそう形にするのを目指しています。

記事全部読んでくださったのですね、ありがとうございます!
こんな稚拙な文章を(時々考えすぎて混乱しています)・・・
私もチョココさんのブログ、時間をかけても全部読まさせて頂きます。

リンクの件、大歓迎ですよ^^
私も早速リンクさせて頂きます。
私のブログが役に立つのならどんどん使ってください。

>>うちの旦那が中学時代から親友だった学会員の方々は、旦那が脱会したとメールした途端、何の連絡もこなくなりました。

旦那様にはお気の毒でした・・・
本当に、人格を見ていないのですね。残念としか言いようがありません。
しかし、このような学会員が多いのも現状です。
旦那様にはこれからもっと暖かい友人がたくさんできると思います。
チョココさんも旦那様も、とても大きな経験をした分、
人の気持ちを考えられる人なんだなあと印象を受けました。
チョココさんも旦那様もお体には気をつけてください。
(特にチョココさん、無理しないでくださいね!)

これからもよろしくお願いします!

>悩める浩さん

初めまして!お越しくださりありがとうございます。
URLありがとうございました。
早速拝見させていただきます!

>退転者への誹謗中傷
これについては、創価学会にとってもひどくマイナスだと思います。
このようなメンタリティが、学会外との溝を更に深めます。
溝が深まれば、「広宣流布」の障害になるのではないでしょうか。
学会上層部は、この矛盾をどう捉えているんでしょう。

もし、この矛盾を克服する手だてを用意していないのであれば、「実は『広宣流布』なんて本気で考えていない」という結論になってしまうように思うんですが・・。

はじめまして!

 キヨさんはじめまして、元2世会員の夫を持つ、無宗教のチョココと申します。
 立場が全く逆からのスタートにも関わらず、考え方やブログのスタンスが私と非常に似ていたため興味を持ち、3日ほどかけて記事全文読ませて頂きました。
 短期間でこれだけの記事更新すごいですね、コメントしたい、お話してみたい事がたくさんありすぎて、どこにコメントつけたらよいやら迷ってしまいます。
(一番新しい記事の方がいいかな? と思いこちらにコメントしています)
 私のブログはすでに解決・完結済みで更新することはほとんどありませんが、同じ悩みを抱える方々と個別にコメント欄などでやりとりをしており、そういった方々にぜひ紹介したいブログさんだと思いましたのでリンクを貼らせて頂きたくお願いにあがりました。
 こうして記事にして残してくださる方がいる事が、私達のような悩みを抱える人間にとっては財産だと私は思っています^^
 
 キヨさんの彼さまの「論破できると思った理由」や、その対応策を読んで、身に覚えがありすぎてうちの旦那にも読ませて盛り上がっております(笑
 なんだか、すごく似ているなぁと思います。
 キヨさんの、幸福、宗教、金銭、考える方向性というか思考パターンもすごく自分に似ていて「これは私か?!」と錯覚するくらい興味深く読ませて頂きました。
 生まれてからずっと無宗教の私と、2世のキヨさんの考え方が似ているというのは不思議でもありますが、よく考えれば違いは「たったそれだけ」なんですよね。
 本来スピリチュアルなものを信じない現実主義な人であるという共通項が、キヨさんたちにも私達夫婦にもあって「学会的なものが刷り込まれた」だけの部分へ、本来の思考能力を使って疑問を生み出しぶつけたことによって「アレ、オカシイナ」となったんじゃないかな、と感じました。
 
>> 退転者への誹謗中傷
 
 うちの旦那が中学時代から親友だった学会員の方々は、旦那が脱会したとメールした途端、何の連絡もこなくなりました。
 旦那の人柄や良い所を、彼らは何一つ見ていなかったんだな、と見ていて切なくなります。
 これからはちゃんと旦那自身の良さを好きになって付き合ってくれるお友達を増やそうね、と励ましています。

こんにちわ 暇な時 僕のブログのぞいてね 学会の問題も扱っているよ ただし批判はしてないけれど

>仏法とはさん

こんにちは。

>>創価の信者が「地獄に落ちる」というのは、自分自身が無理しているので、ついつい「ガンのような言葉」が出たと思います。

これには私も賛成です。
自分がいつも頑張っている、無理している、余裕がない、
これらによってついつい「ガンのような言葉」が出てきたのでしょう。
しかし本人は全く自覚していないんですよね・・・
自分が無理してるって言っているようなものなのに。
頑張りすぎると自分を見失います。

>>悪口を言うということは、本当は「本人が困っている場合が多いもの」です。言われた側は「反面教師」として受け取るべきだと思います。

なるほど、反面教師ですか。そういう考えも良いですね。
ただ私としては、自分自身を反面教師ととらえるのは(活動家だった頃の)
少し心が痛みますね・・・

ものごとには、「すんなり納まるもの」と「どうやっても納まらないもの」があります。それが、時期なのか?量なのか?質なのか?わかりません。世の中は、たいていそうなっています。

日蓮は現在の世の中に、良い悪いは別として足跡を残しました。人間日蓮やいわゆる日蓮仏法をどう受け取るか?は宗派の解釈が異なります。仏として認めるか?菩薩としてか?普通の凡夫か?

キヨさんのお母さんは幼いころ、「悪い宗教はガンなので取り除かないといけない」と言われたそうです。
もちろん、ガン(病気の)は生命のため処置はしなくてはいけない。と思います。それでもガンの立場から言うと、遺伝子の設計図と人間の環境によって正常な細胞が危険信号を出して悲鳴をあげたのです。

創価の信者が「地獄に落ちる」というのは、自分自身が無理しているので、ついつい「ガンのような言葉」が出たと思います。

普通の人は宗教には縁がありません。お寺のお坊さんは職業ですので違いますが。苦難があって飛び込んでも、三日坊主で勤行をやっても長くは続きません。

ナチスの党員も親衛隊も、警察官・暴力団・創価信者・大作も、刷り込まれた設計図(才能)によって開花したものです。
ものごとには「納まる処と納まらない処」があります。仏教では「摂理」という表現はしませんがそう言うものがあります。

悪口を言うということは、本当は「本人が困っている場合が多いもの」です。言われた側は「反面教師」として受け取るべきだと思います。

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こんにちは、キヨです。 周りから様々な影響を受けて無宗教になりました。 このブログは、恋人や知人が創価学会で苦悩している 人と学会の方々にあてたブログです。 記事はあまり順番を気にして書いていないので、好きなタイトルからご自由にお読みください。リンクはご自由にして頂いて結構ですが、その際コメント欄で教えて下さいね。

Author:キヨ
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