創価学会の私と無宗教の彼

学会3世・活動家だった私。元恋人に影響され、無宗教になりました。

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色々と「書いてほしいテーマ」を頂いたので、
一つ一つ書いていきたいと思います。
私の個人的な考えで取り上げないテーマもありますので、
あらかじめご了承ください。でもなるべく取り上げますね。

今回のテーマは「私が学会をやめるきっかけその2」です。
その1はこちら↓からお読みください。
http://heibonnnakurashi.blog117.fc2.com/blog-entry-6.html

その1では女子部の言葉をメインに取り上げましたが、
今回は友人からの言葉です。

私は以前、彼と、彼の友人2人に休日の朝いきなり自宅に押しかけられ、
何時間も創価学会について口論したことがあります。
朝7時頃だったでしょうか・・・(この時はかなりの活動家です)

いきなり彼からの電話。
「今からそっち行っていい?」
私はその電話で起きて、どうせオールで飲んできたんだろうなあと
思いつつ了承。何十分か後に3人がやってきました。

彼は酔っていて(後の2人は酔いは醒めていました)
いきなり私に創価学会のどこが正しいのか問いただす始末。
私は呆れてしまって、

何で私が休日の朝に3人からこんな責められなきゃいけないんだ

とかなりの憤りを感じていました。

彼は酔っていたので、彼の発言は無視していました。
(実際何を言っているのかわからなかったですし)
問題は彼の友人2人との会話です。

彼の友人AさんとBさん。
Aさん(男性)はバリバリのアンチ創価学会。
Bさん(Aさんの彼女)はちょっと創価学会に迷惑を感じている人。

Aさん「創価学会の一番ダメな所は、政教分離していないところ。」
Bさん「私も選挙の時によく友達から電話かかってくるなあ・・・」

と創価学会の悪口を手当たり次第マシンガントーク。
これには私も付いていけなく、黙り込んでしまいました。
私には政教分離について知識も乏しく反論ができない。
選挙が迷惑だっていわれてもそれを押し返せる説明も持っていない。
(単純に日本が良くなるためとかの説明では説得力が無い)

結局私は黙り込む=反論できないとまた文句を言われる

と悪循環で参ってしまいました。
さすがに彼も私が気の毒になったのか、仲裁に入ります。
でもこの時、創価学会が物凄く自分に重くのしかかり、
「結局自分は何も知らないで信仰していた」ということを
思い知らされる結果となったのです。

「なぜ創価学会が良いのか」
「自分は何を根拠に信仰しているのか」

これは、「自分が良いと思っているから」ぐらいしか
私には言えなかったのです。

今でも彼とこの時のことを話すのですが、
この時はさすがに酷かったと彼は謝ってくれます。
「あの時友達を連れて学会攻撃した俺は、
 キヨの気持ちを全然考えてなかった。」と。

しかしこの経験は、

何で私は創価学会というだけで、
こんなにも辛い思いをしなくてはいけないのだろう。


という思いに繋がりそして、

少なくとも私が創価学会ではなかったら、
こんな思いはしなかったのに。

という悔しさがこみ上げてきたのです。
これは強烈な体験でした。そして思ったのです。

こんな思い、二度としたくない

と。
これが、私のやめるきっかけの一つです。

私の心が弱いと言う人もいるでしょう。
信仰心が足りないからだと言う人も。
でも、辛すぎることから目を背けて何が悪いのでしょうか。
辛いことを嫌だと思うことは間違っているのでしょうか。
それを祈ることで乗り越えたとしても、それは私にとって
決して「乗り越えた」ことではなく「押さえつけて我慢した」ことなのです。

我慢はいずれ破裂します。
私はそうなりたくなかった。はっきり辛いと言いたかったのです。
宗教のことで我慢しなきゃならないなんて、間違ってます。
私はただ、幸せになりたいと望む普通の人間なのです。

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コメント

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>釈迦ファンさん

こんにちは!

>>学会・非学会に関わらず、このような気持ちを持つことが大事ですよね・・・。

私もその通りだと思います。
相手を思いやる気持ちを持てば、変わっていく人はとても多いと思います。
自分の批判の気持ちだけをぶつけることは、なんの解決にもなりません。

>>私は、創価学会にはカルト性があると思っていますが、思いやりを持てないと、反カルトが逆にカルト性を帯びてしまう、この話にその萌芽を感じました。

反カルトがカルト性を帯びてしまう、そうですね。
私が批判を一身に浴びている時、私は彼らがとても恐ろしかったです。
私もこんな風に彼に話していたのかもしれない・・・と思うと
とてもやるせない気持ちになりました。

> 「あの時友達を連れて学会攻撃した俺は、
>  キヨの気持ちを全然考えてなかった。」と。

学会・非学会に関わらず、このような気持ちを持つことが大事ですよね・・・。

> と創価学会の悪口を手当たり次第マシンガントーク。

私は、創価学会にはカルト性があると思っていますが、思いやりを持てないと、反カルトが逆にカルト性を帯びてしまう、この話にその萌芽を感じました。

>仏法とはさん

こんにちは!

モモは小学生の時に本で読みました。なので細かい情景は覚えていません・・・
しかし、灰色の男はとても不気味で怖かったイメージがあります。
言葉巧みに時間を盗む男、どんどん時間を節約し灰色になっていく
床屋のおじさん、「余裕」がどんどんなくなっていくのがわかりました。

確かに、創価学会とどこか通じるものがあるかもしれません。
自分にとって何が大切なのか、もう一度読み返したくなってきました。
映画は見ていないので、機会があれば是非見てみたいと思います。
ご紹介、ありがとうございます!

本来ならば仏教人として日蓮のことを「聖人」、大作や日顕等のことを「敬称」つけて呼ぶべきところです。違う宗旨の名前が出てくるのはしょうがないですが。私の考えとしては「敬称」を付けることによってそれらの指導者や宗旨の宣伝をしてはいけないと思い、敬称は省きました。

話は変わりますが、キヨさんは「モモ」という映画をご存じでしょうか?原作は「ミヒャエル・エンデ」の小説です。西ドイツ・イタリアの映画です。
外国映画ですが、「文部省特選」として推薦されています。この映画は、法華経と同じく・社会の在り方について教えを説いています。

見たことがなければ、ネットで映画の解説が載っていますので、あらすじをご覧になれば良いと思います。出来れば、レンタルでも良いのでぜひ見て頂きたいと思います。

灰色の男とは?ゆっくり歩くほど速く着くとは?マイスター・ホラとは?時間を盗むとは?時間の花とは?

創価のやっていることと、何か重なってくることが私には見えます。日本国として外国映画にして、各年代にあててなぜ「特選」にしたのか?意味深いものがあります。

もしご覧になっていませんでしたら、キヨさんに見ていただきたい映画です。創価に疑問を持っている人、脱会したいと思っている人にぜひお薦めです。
「ご縁」がありましたら、どうぞ。

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こんにちは、キヨです。 周りから様々な影響を受けて無宗教になりました。 このブログは、恋人や知人が創価学会で苦悩している 人と学会の方々にあてたブログです。 記事はあまり順番を気にして書いていないので、好きなタイトルからご自由にお読みください。リンクはご自由にして頂いて結構ですが、その際コメント欄で教えて下さいね。

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