創価学会の私と無宗教の彼

学会3世・活動家だった私。元恋人に影響され、無宗教になりました。

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皆さんこんにちは!
台風が直撃とのことですが、皆さんは大丈夫でしょうか?

今日のテーマは「仏罰は果たして存在するのか」です。

結論から言いましょう。

仏罰は自分の主観によって引き起こされるもの

です。
最初に言っておきますが、私は神的な人間を超越した存在
を見たことが無いので、「神は絶対にいない!」とは断言しません。
しかし、「神はいないであろう」と考えています。

あれ?じゃあ、キヨは
仏罰は自分の主観によって引き起こされるもの
って言っているけれど、引き起こされるってことはあるってこと?
と思った方、私は仏罰なんてナンセンスだと思っています。

仏罰、いわゆる悪いことをすると、どこかで仏様が見ていて
「ああ~この人は悪いことをしている!罰を下さなきゃ!」
という感じにその人自身に「不幸」を与える。

とこんな感じでしょうか。

前の記事の「私の考える神様とは」でも書きましたが、
それって結局、

仏様の主観的な考え方で仏罰を下している

ということになってしまいます。
仏様が考える「悪いことの基準」は、果たして正しいのか?

そんなこと、個人個人の主観の問題でしょ?

と私は思います。
だからもしこの世界に仏様がいて、その仏様が私達に
仏罰を下しているとしたら、私はこう思います。

あなたの主観的思考で善悪を決められて、
その上仏罰を下されて本当に迷惑極まりない!!


ということです。

それか、仏様には特殊な力があって、
仏様の目には「悪い心」が人間の中にどす黒く渦巻いているのが
視覚的に見えるとしても、「悪の基準」なんて時代によって変わるので
結局仏様の主観じゃん!と私は思います。

なので、
仏罰だ~!!と嘆くのは、結局自分個人の判断であって、

仏罰だと思わなければ仏罰ではない

こいうことです。

それに、もし仏罰を信じているそこのあなた、
あなたがもし、物を盗まない性格だとしましょう。
「物を盗むのは悪いことだ!」と思っているからです。
では、なぜあなたは物を盗まないのですか?

「仏罰」を恐れているからですか?
それとも、
「警察に捕まる」のを恐れているのですか?


人間によって下される罰を恐れているのだとしたら、
あなたは本質的に「仏罰」なんて信じていないのです。

人は人間を殺してから、一体何人が「仏罰が下る」と最初に悩めるでしょうか。
普通の思考なら、まず「警察に捕まってしまう」と焦るでしょう。
本質的なものとは、そういうものです。

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コメント

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良いウェブログだったのでコメントしたくなった。
失礼するよ?

創価学会員がそれほど聖なる存在か?
信奉者として、仏が特に護ってくれるのか?

その答えは「否」。
残念かもしれないが、俺と同じ人間だ。

学会の敵「仏敵」と呼ばれるこの俺と同じ人間だ。

創価学会員とそうでない者との軋轢など、
人間同士の争いにすぎぬ。
敢えてそこに仏が介入するとしたら、
嘘をつくほう、犯罪を行なうほうを仕置きたがるとは思わないか?

話相手を尊重するのか、偏見で観ているか?
根拠のない「正義」を振りかざしていないか?
まさか仏の加護を得られることを示したいから争いたがってはいまいか?

もし仏を本当に信仰するのであれば、
これらの疑問に仏ならばどう考えるのか察することくらいできるはずだ。
では、察したらどうするか?
素・直・に・それを参考にするまでだ。
叛いたら、それこそ「仏罰」の対象ではないのか?

ところが、仏は実際には何もしないのだ。
ならば「仏罰」とは何だ?

俺が思うに、
『自分に嘘をついた者が自分自身に苦しめられる』
という意味があるのではないか?

仕置く「仏」とは、自分の中にある素直な心のことではないか?

「弱肉強食」や「広宣流布」やらは単なるルールか、それとも仏が本当に薦めたがる根拠のある行動基盤か?
そこに嘘はないのか?

創価学会各位は、改めてよく考えてからまた脱会者や俺などを「仏敵」として日々の宗教活動・・・嫌がらせ、つきまとい、安眠妨害、電磁波犯罪などやることだ。
喧嘩を売るつもりなら、売ったら逃げるな。

以上。
この場を借りて創価学会に文句を表明させてもらって悪かったね。

罰は下される(当たる)ものではなく、自分の中から出てくるものだと聞きましたよ。周りから見て不幸な事ではなく、自分が(その状態になって)不幸だと感じずにいられない事が自分の中から明確に出てくるのではないでしょうか。

善い事も悪い事も全部自分に返ってくるとよく言いますが、僕はこの言葉結構好きです。

仏法での罰をおっしゃっているのだとすれば、それは謗法(仏法や学会や学会員を謗る行為)という大きな罪によるものです。物を盗むとかいう次元の話ではありません。法律で裁かれる次元の事ではないという事です。(ちなみにここに書かれているような法律で裁かれる罰は刑罰でペナルティでもあるので、本質的な罰ではないでしょう。)

そして謗法という罪(悪)は時代によって変わるというものではありません。

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こんにちは、キヨです。 周りから様々な影響を受けて無宗教になりました。 このブログは、恋人や知人が創価学会で苦悩している 人と学会の方々にあてたブログです。 記事はあまり順番を気にして書いていないので、好きなタイトルからご自由にお読みください。リンクはご自由にして頂いて結構ですが、その際コメント欄で教えて下さいね。

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