創価学会の私と無宗教の彼

学会3世・活動家だった私。元恋人に影響され、無宗教になりました。

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これを読んでいる学会員の皆さんの中に、
こう思っている方いませんか?

創価学会に関するインターネットの情報は、
ほとんど嘘でデマカセを言っている

私はインターネットをかなり頻繁に利用します。
生活の一部と言っても過言ではありません。
なので「創価学会」と検索したこともかなりありますし、
どのようなこHPがあるのかも大体は把握しているつもりです。

しかし私がまだ活動家だった頃は、今程ネットは利用してなかったにせよ
「創価学会」なんて検索したことはほとんどありませんでした。
なぜなら、母親からいつも

インターネットに書かれている創価学会の批判は全部
ニセモノでデタラメばかりだから、信じてはいけない

と何度も言われてきたからです。

しかも、学会批判をしているHPを見ると心が痛くなる。
なんだか学会批判を自分がしているかのように
「このHPを見るとなんだか学会に対して悪い気がする」
と思っていました。

だから、彼が2ちゃんねるなどで創価学会のスレッドを読んでいるのを知ると、

「なんでそんな批判しか書いてないもの見るの?
 そういうのは、全部デタラメだし本当のことなんて書いてないよ!」

と説得力のカケラもない事を言っていました。

『なんでそんな批判しか書いてないもの見るの?』
と言いましたが、


彼は「批判しか書いていないもの」を
わざわざ選んで読んでいるわけではないのです。

「学会関連の話は、批判が多いだけ」

それだけなのです。

例え「ネット上の創価学会関連の話がデタラメ」
であっても、
「ネット上には創価学会関連の批判が非常に多い」
ことを認めなくてはいけません。


インターネットは情報の塊です。
もしあなたがネット上の情報を「信じる」のなら、どの情報が正しいか、
本当に自分にとって有益かを考えて信じなくてはいけません。
なので、あなたが信じない自由もあるし、信じる自由もある。
それだけを切り取ると、とても公平な場所だと私は思います。

しかし、ソースに信憑性がある情報を信じるのはいいのですが、
ソースに信憑性がない情報を一方的に信じるのはどうかと思います。

私は母から、

『インターネットに書かれている創価学会の批判は全部
ニセモノでデタラメばかりだから、信じてはいけない』

という情報をもらいました。
しかしここで確認しなくてはいけないのはこの情報の信憑性です。
母はインターネットをほとんど(年に2~3回の使用頻度)
使用していません。果たしてこの情報には信憑性があるでしょうか。

インターネットを滅多に使わない人が、
インターネットの中の情報について私に言っている。

これは、

ゴルフを滅多にしない人が、
とあるゴルフ場の芝生の状態について話しているようなものです。

要するに、「使っていない・やっていないあなたが、なんで知ってるの?」
ということなのです。

「信憑性とか情報とかいろいろうるさいな~この人は・・・」
と思われるかもしれませんが、

情報を信じるということは、
その人にとって物凄く有益になることもあればその反対もあります。
なので、信憑性を疑うことはとても大切なことなのです。

あなたが何か家電製品を買おうとした時に、
お店の店員さんのセールストークだけを信じて買いますか?
中にはそういう人もいるかと思いますが、大きな買い物です。
私なら店員のセールストークよりも、
インターネットでその家電のレビューを検索します。
もちろん一つのサイトだけを参考にするのではなく、
複数(自分が見れる限り)調べて参考にします。

ここで良い評判が一般人からたくさん出ていたら買いますし、
使いにくいという評判がたくさん出ていたら買うかはわかりません。
(おそらく買わないでしょう。)

このように、結局は本人の「信じるか信じないか」で決まるのですが、
インターネットほどリアルタイムに一般人の声が聞ける場所はないと思います。
このブログも、いわゆる一般人の声ですし、あくまで情報の提供にすぎません。

そこから何かを取り出して自分にとって有益なものにできるか

それが重要であって、インターネットの醍醐味ではないでしょうか。

「自分が正しい」と思うことは自由です。
「インターネットに書かれている創価学会の批判は全部
ニセモノでデタラメばかりだから、信じてはいけない」
と思うことも自由です。

しかし、自分の目で確かめないで決め付けるのは間違っています。

「自分が創価学会を信じているからネットの批判は信じない」
という理屈は、少なくとも無宗教の人には理解できないでしょう。
「信じてはいけない」とはっきり断言できるのならば、
「何がどう間違っているのか」を断言できなくては説得力が生まれないのです。

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コメント

>ナイチーさん

こんにちは!

>ネットだからこそ生の学会員の言葉に触れることができますよ。

確かに、そうですよね!
中には針小棒大に書いているものもあるかと思いますが、
全く嫌な思いをしていないのに、アンチブログを立ち上げる人いないでしょう。
紹介していただいたURL、読ませてもらいました。
ご紹介、ありがとうございます!
とてもすごい内容ですね・・・正直怖いです。
壮年部の方なのですね、このような方はいくら話しても平行線の
可能性が高いですよね><;

ネットこそ生の会員が見れます

ネットだからこそ生の学会員の言葉に触れることができますよ。
私は長年 掲示板で彼らと接触してましたが、批判者や、脱会者への罵詈雑言はものすごいです。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835217&tid=ao2a3x2qa4n3x2q0wa4ka4ha4ka5ha5t&sid=1835217&mid=132539
この方は壮年部です↑
メールで対話を続けてましたが、やはり創価にどっぷりな人でした。

>仏法とはさん

こんにちは!

>>情報元が確かか確かめる必要があると思います。例えば家電製品を買うなら、世の中に名の通った所で名の通ったものを買うのが普通だと思います。

確かに、情報源が確かかを確かめる必要性は大いにありますね。しかし、その情報源が確かだと断定できない場合もいくらでもあります。
そういう場合は情報の元をたどるよりも、
実際使用している人からの情報の方を得たほうが
役に立ったりすると思います。
例えそれが名の通っていないメーカーでも、
私は「使い易い・便利」との口コミなりレビューが
多数あれば購入する可能性が高いからです。

>>宗祖日蓮を呼ぶにあたって「日蓮大聖人」と真ともの受け散っています。気持ちとしてはわかりますが「日蓮聖人」でいいのではないでしょうか?

この点については、私は特に「日蓮聖人」と改める
必要性はそんなにないと思います。
現に「日蓮聖人」と呼んでいる人も多くいますし、
それは敬意をこめて呼んでいるのではないでしょうか。

ネットの情報については、情報元が確かか確かめる必要があると思います。例えば家電製品を買うなら、世の中に名の通った所で名の通ったものを買うのが普通だと思います。
有名であるといっても「良い有名」と「悪い有名」があります。「良い有名」は会社のイメージ戦略もあり、一概には言えませんが、会社や製品に問題がないと言う点ではないでしょうか。「悪い有名」とは会社や製品に悪評がある場合です。
人は「本来正直なもの」だと思っています。それが「因・縁・果」で変わってしまいます。「宗教の力は本来の人間の素地をだすところ」ではないでしょうか。
良いところには批判もなく、悪いところにはどういう訳か批判が出ます。無理をしているせいでしょうか?
聖教新聞など読むつもりはありませんが、図書館の寄贈されています。創価信者は文化革命の「紅衛兵」のような所があってわからないと思いますが、おかしな点があります。
宗祖日蓮を呼ぶにあたって「日蓮大聖人」と真ともの受け散っています。気持ちとしてはわかりますが「日蓮聖人」でいいのではないでしょうか?
会社の社長のことを「大社長」と言い、総理大臣の事を「大総理」と呼んでいるのと同じです。
何事も無理がかかっているところには、批判が出ます。それではこの辺で。

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こんにちは、キヨです。 周りから様々な影響を受けて無宗教になりました。 このブログは、恋人や知人が創価学会で苦悩している 人と学会の方々にあてたブログです。 記事はあまり順番を気にして書いていないので、好きなタイトルからご自由にお読みください。リンクはご自由にして頂いて結構ですが、その際コメント欄で教えて下さいね。

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