創価学会の私と無宗教の彼

学会3世・活動家だった私。元恋人に影響され、無宗教になりました。

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皆さんこんにちは。
日々このブログにお越しくださる人が増えてきているのを見て、
「創価学会」というキーワードがどんどん注目されてきている
ということを感じます。特に恋人が学会で悩みを持っている、
または自分が学会で反対されて困っている、という人が多いのだと思います。
それだけ考えなくてはならない問題だと痛感します。

先日、私の方から彼に聞いてみました。
「なんで私が創価学会を止められる素質があるって思ったの?」と。

そしたら彼はすぐ、
「だって、俺と趣味が本当によく合うんだもん。
 俺は無宗教な色合いが強いし、そういう神様的なものも信じない。
 こんな俺とここまで価値観が合うのに止められないのはおかしいでしょ?」

と説得力があるのか無いのかわからないことを言いました。
そして続いて、

「俺はキヨと話してみて、キヨの創価学会に対する知識とか根拠とか
 を聞いた上で思ったんだよ。絶対に論破できるって。
 キヨはあまりにも学会に対する知識がなかった。俺もなかったけど、
 矛盾点を突かれるといつもキヨは黙っちゃったでしょ?
 『だって正しいと思ってるんだもん』ぐらいにしか言えなかったし。」

そうなんです、前にも書きましたが、私はあまりにも知識が無かった。
法華経に対する知識も、創価学会に対する知識も。
なので簡単に論破されてしまったのです。

確かに、信仰を持つ上で知識はそんなに重要なことではないと
言う人もいるかもしれません。「信じて救われるのに理由はいらない」と。
「理由はないけどこのバンドの音楽がとても好き」というのと一緒ですね。

しかし、音楽を例にあげると
「自分の好きな音楽を人に無理矢理薦める」
「自分の好きな音楽が一番良いと考えて他の音楽を全部否定する」
など、こんな風な考えを持った友達がもし私にいたら、
音楽大好きな私にとっては前者は許せるものの
(音楽は気軽に聴けるため)後者の性格の人を好きにはなれません。

これが音楽ならまだいいのですが、「選挙活動」や「折伏」となってきたら
話は全く違ってきます。「ただ単に自分が良いと思っているから」
強烈に「選挙活動」や「折伏」をされたら迷惑極まりないことです。
選挙を例に上げると、将来日本を背負っていく重要な議員を
選ぶのです。これを「じゃあなぜこの党がいいの?」と聞かれたときに
パンフレットに載っていることしか答えられないようでは、
説得力のかけらもありません。

「なんで公明党を支援するの?」
「共産党・民主党のどこが悪いの?」

これを明確に答えられなくて選挙活動をしている学会員が多すぎます。
ただ単に「創価学会が支援しているから」と言ったら
(さすがに実際言葉に出す人はいないと思いますが)
その人は「公明党」が良いのではなくて、「創価学会」が良いだけにすぎません。

「創価学会だから公明党を支持してるんじゃないよ!
 ちゃんとマニフェストを読んで話を聞いて応援しているんだよ!」

と言ったとします。
しかしこの言葉は正しいとしたら、学会員のあなたは

自分が創価学会員ではなくても公明党を応援している

ということになります。
ではあなたは胸を張って

私は創価学会員でなかったとしても
公明党を応援しています!!


と本気で言えるでしょうか?

ここで、「そんな仮の話わからないよ!!」
と言う学会員の方がいたとしましょう。しかしそれは、

自分が学会員だから公明党を応援している
と言っているも同然なのです


だってそれは、「創価学会」というベースがある上で
自分は「公明党に投票している」ということだからです。
自分が創価学会ではない場合「公明党に投票している」自分は
想像しにくいといっているのですから。

選挙は自分で考え、自分で決めて投票するものです。
しかし学会員が「共産党・民主党に投票した」と他の学会員に言ったら、

「何考えてるの!!??なんで公明党に入れなかったの!!??」
と言われるのが目に見えています。

素直に、
「今回は民主党が良いと思って自分で考えて決めたのです。」
「うん、選挙は自分で考えて投票するものだからね。」
なんて会話は創価学会の中では成り立ちません。

それがおかしいのです。
「自分で考える自由」がない選挙なんて、矛盾しています。

今までの歴史の中で、参政権というものは
「自分達もここで生きて納税している以上、投票する権利はある!!」
とお金持ちしか投票できないおかしな世の中に対抗した結果得られた
「自由な権利」なのですから。

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コメント

創価学会は公明党が宗教的に票を集める為のもの。
公明党は中国・朝鮮が日本を支配する為の駒。
公明党による悪法を調べてみてください。
これらを野放しにすれば日本という国家はなくなります。

> ②自民党と組んでいるのに、都合の悪い政策は、「自民党が決めた」と言っているのはおかしいのでは?

疑問を持たれるのは最もだと思います。
ただ、この手のことは、違う理念を掲げる政党同士が連立する以上、当然に出てくる矛盾だと思います。
この矛盾から目をそらせるために、自民党をスケープゴートにする態度は卑怯だとは思いますが、公明党だから、創価学会だから、という問題でもないような気がします。
公明党じゃなくたって、支持団体の前で似たような事を言うんじゃないでしょうか。

アンチ創価学会の私がフォローするのもおかしな話ですが・・。

SYAOさん、初めまして。
釈迦ファンと申します。あまりにも不遜な名前なので、変えたいと思っています。
創価学会についてはアンチの立場です。

政教一致の問題について、外にいる私の認識を欠かせてください。

「創価学会と公明党は一体じゃない。」というような事を公明党の方はおっしゃるようです。
しかし少なくとも、公明党はどの党よりも強力な組織票を持っており、その源泉は創価学会だ、というのは常識化しているようです。

また、選挙前に私に、電話をかけてきて「~に入れて。」と頼んでくるのは、創価学会の方だけですし、創価学会の方に「今回は民主党に」と頼まれたことはありません。

以上から、私には、憲法学云々の問題はおいといても、創価学会と公明党の関係は、他の党と比べると異常なまでに密接に感じられます。

また、もう一つ申し上げたいのは、ここで「異常性」を感じてしまうため、毎回「公明党には入れまい。」と思ってしまうんです。
私に関しては、創価学会員さんの選挙活動は、正直公明党にとってマイナスにしか働いていないんです・・。

>SYAOさん

こんにちは!

私個人の意見ですが、お答えします。

>>①政教一致してないと言っているけど、事実上一致 しているのでは?

はっきり言って、私も政教分離していないと思います。
事実、創価学会と公明党で現在連絡会らしきものが
定期的に行われているようですし、創価学会は
公明党の支持母体として選挙活動しています。
いくら法律的に違法でないとされても、私は政教一致していると思います。

>>②自民党と組んでいるのに、都合の悪い政策は、
「自民党が決めた」と言っているのはおかしいのでは?

すみません、私の知識不足なのですが、実際そう言っているのですか?
そうだとしたらおかしいですね。確かに「自民党が決めた」部分は
あると思います。連立と言っても党はそれぞれ違う理念を掲げていますしね。
しかし、連立組んでいる以上都合が悪い政策をずべて
無視するのはちょっとおかしいと思います。
(すみません、あまり政治について知識なくて・・・)

>>③Fをとると福運がつくという意味がわからない

これは、私にとってかなり理解不能な福運です。
しかし、学会員にとっては、選挙活動=学会活動ですので、
活動すればするほど福運がつくと思っているのでしょう。
例えそれが相手にとって「迷惑」だとしてもです。
迷惑なことをしてつく福運なんて、なんだかイヤですね。

わたしも

私が学会に疑問を持ち始めたのは、今回の選挙です。
実際に本部長に疑問をぶつけたけど、キヨさんはどう思いますか?私は結局よくわからないままでした。
①政教一致してないと言っているけど、事実上一致 しているのでは?
②自民党と組んでいるのに、都合の悪い政策は、  「自民党が決めた」と言っているのはおかしいので は?
③Fをとると福運がつくという意味がわからない

>仏法とはさん

こんにちは!

>>「創価も仏教徒なので、他宗の仏教教団と仲良くしてね。」といっても空回りしているだけで、たとえ大作に届いたとしても彼は「うん」とは言わないのは確実です。

そうですね、そう言って仲良くできたならば他宗教を猛烈に批判なんて
しないですものね。自分の間違っていることを素直に認めることは
とても大切なことだと思いますし、私自身そのように生きていけたらと思っています。
「常不軽菩薩」の話を私は初めて聞きましたが、
相手を敬う、「おじぎ」などはとても良い文化だと私は思います。
流石に私は石を投げつけられて「ただ礼拝する」心は持っていないですが・・・

キヨさんのブログで私が「創価も仏教徒なので、他宗の仏教教団と仲良くしてね。」といっても空回りしているだけで、たとえ大作に届いたとしても彼は「うん」とは言わないのは確実です。「うん」と言ったら日蓮を否定したことになり、自ら歩んできた道が間違っていたことを認めることになるからです。
法華経の中には「常不軽菩薩」の話が載っています。常不軽は、石などを投げつけられても「だた礼拝した」だけでした。文句も言わず喧嘩もしませんでした。
日蓮は法華経を一番としましたが、書かれている「常不軽菩薩の意味」がわからなかったようです。
本当に法華経の真髄がわかっていれば、他宗を猛烈に攻撃しなかったでしょう。「他宗も良いけれど、こっの方がもっといいよ。」と摂受門(慈悲の心でやさしく衆生を仏道に導く教えのありかた)で説法したはずです。日蓮は未熟でした。折伏門というものはやたら振り回すものではありません。創価の布教は折伏門だけです。日蓮宗は、摂受門と折伏門でやっています。だからこそ日本の仏教団体に加盟しています。
日本人は人に会えばおじぎをします。タイのように合掌しなくとも。おじぎには、相手を敬うという「常不軽菩薩の教え」があるのではないでしょうか。それではこの辺で。

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こんにちは、キヨです。 周りから様々な影響を受けて無宗教になりました。 このブログは、恋人や知人が創価学会で苦悩している 人と学会の方々にあてたブログです。 記事はあまり順番を気にして書いていないので、好きなタイトルからご自由にお読みください。リンクはご自由にして頂いて結構ですが、その際コメント欄で教えて下さいね。

Author:キヨ
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