創価学会の私と無宗教の彼

学会3世・活動家だった私。元恋人に影響され、無宗教になりました。

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皆さんこんにちは!私のブログにお越し下さりどうもありがとうございます。
(この記事は、常に一番上にくるようアップされています)
ここには全記事の目次を載せますので、お好きなテーマからお読みください。
最新記事は一番上にアップされます。

初めての方は、こちらみなさん初めまして!からお読みください。

尚、私は創価学会員ですが、現在は完全な無宗教です。
  (退会手続きはしていません)


上記のことを承知した上でこのブログをお読みください。

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尚、ただ今メールフォームはお休みさせて頂いています。
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明けましておめでとうございます。 (New 2012.01.09 UP)
コメントして下さった、しゅーさんへ
学会に不信感を抱くきっかけ
東北地方太平洋沖地震について
彼との別れ、そして新たな出発
私にとっての宗教とは ーとある学会員さんの言葉ー
今後のコメント管理について
『3. 16 だから電話した』
どんなに低くてもいい、階段を登るんだ!
他愛もない話
チベット問題vol.2 ~チベット問題基礎知識~
チベット問題vol.1 ~青山さんがズバッと解説(YouTubeより)~
近況報告

臆病者
バリ活動家とアンチ
新年です!
創価学会式結婚式とは
会合でのとある会話
マインドコントロールを考えるvol.1
「考えること」の重大さ
自分が変われば世界は変わる
皆様に読んで頂きたいコメントのやりとり
言葉の重み
子供の入会について
学会問題で悩んでいる皆様へ
学会精神 『正義を叫ぶものは弾圧される』
真の功徳・仏法の確信とは
生まれた時から公明党
彼への報告
ノーベル平和賞
意見交換コーナーvol.1(皆さんコメント可能でしたらコメントお願いします)
恵まれている環境
女子高生コンクリート詰め殺人事件
生まれて初めて・・・
幸せの形はいろいろ
変な地区部長
祖父母には言えないこと
両親のどっちが活動家がいいでしょうか?
誰か教えて!女子部の服装&髪型
引越し先の統監カードについて
本当に創価学会はお金がかからないのか?
学会員に欠けている力
創価学会の恋人と結婚したらどうなるかその3
両親の離婚問題
頑張った連休
話しても全く理解し合えない!!
ここは変だよ創価学会その1
私が学会をやめるきっかけその3
退転者への誹謗中傷
私の信仰経歴を簡単に
私が学会をやめるきっかけその2
ご挨拶
広布基金について
個人情報の重さ
婚期までアドバイスする女子部
未活動の姉との会話
忙しかった学会活動
そもそも宗教って何だろう?
地獄へ落ちる!?
仏罰は果たして存在するのか
「相対的幸福」と「絶対的幸福」
インターネットの情報
お母さんの存在
真の優しさ
創価学会の選挙活動について思うこと
私の考える神様とは
創価学会の恋人と結婚したらどうなるか.その2
創価学会の恋人と結婚したらどうなるか.その1
他宗教への弾圧
彼との現在の状態
御書の意義と学会の行方
折伏について
創価学会の凄いところ
恋愛について
普通の家庭の幸せ
相手の価値観を尊重しよう
「好きだから」では解決しません
そんなにも頑張ることって大切ですか?
これっておかしくないですか?~聖教新聞
彼と結婚するにあたっての問題
功徳とは?
幸せってなんでしょうか?
両親とのいつまでも消えない溝
彼・彼女が創価学会員の方へその1
彼の言葉に救われる
非学会員/学会員の方々へのお願い
私が学会を止めるきっかけその1
彼の創価学会への批評その3~祈りについて
彼の創価学会への批評その2~将来について
彼の創価学会への批評その1~選挙編
彼との出会い~創価学会への批判
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新年明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いします。

皆様良い新年を迎えられましたか?
私は年末に大風邪を引いてしまいました・・・
40度近い熱が出て、久しぶりに辛かったです^^;
もうほとんど治っていますが、皆様もお身体には充分ご自愛下さい。

それと、報告といいますか、わざわざブログで言う必要も無いのかな?
と思ったのですが、これから書く記事に関係がありますのでご報告を・・

将来を一緒に考える人ができました(^^)
元恋人と別れて2年、色々ありましたが仕事一色の生活でした。
そんな生活から引っ張りだしてくれた、とても大切な人です。
私はこれからこの人と一緒に、幸せな日々をたくさん過ごしていきたいと思っています。
温かく見守って頂けると嬉しいです。

そして今日の記事には2つの事を書きたいと思います。
1つ目は、今の彼とのこと。
2つ目は、学会員さんとの久しぶりの交流について。

まず、1つ目の彼との事を書きたいと思います。

付き合う前に、学会員ということをカミングアウトした私。
嫌な顔されるかな~と思いましたが、カミングアウトした時に彼は私に、
『なんだ、そんなこと??』とこんな感じでした。
私はもう精神的に辞めているので彼に入信してほしいなんて1ミリも思いませんが、
彼はキヨが入って欲しいと望めば俺は入る、と言ってくれました。

彼が学会のことを全く知らないということではなくて、
毎回選挙の時期になると電話もかかってくるし、学会の存在はもちろん知っていました。
私がこの人凄いなって思った事は、何の迷いも無く、
『キヨが幸せになるなら、俺は入るよ(入信するよ)』と言ってくれた事でした。
彼のあの時の言葉を、私は一生忘れないでしょう。
いつもどっしり構えてくれる彼を、私はとても尊敬しています。

そして2つ目の学会員さんとの久しぶりの交流について。

と言っても、直接会って話したわけではありません。
どうやら私の母親が私の住所を学会員さんへ教えたらしく、女子部が家庭訪問に来ました。
遂に来ちゃったか~・・・と半ば諦めモードです。
ポストに女子部のメモが入っていました。
なんだか一気に創価学会が近くに感じました、久しぶりの感覚です。

連絡先も書いてあったので、精神的に辞めていることを言おうかな?と思ったのですが、
連絡先を教えるのが嫌なので止めました。
母から伝わっている可能性も十分あるのですが・・・
なんで人の住所を勝手に教えてしまうんだろう、本当に怖いです。
母親に言おうとしたのですが、喧嘩になるのが目に見えているので止めました。
なんかこういうのってすごく悲しいですよね・・・

今年の目標は色々とあるのですが、
穏やかに、相手を思いやる気持ちを忘れずに過ごしたいですね。
仕事もプライベートも最高の年に、そして何より健康第一で!

先日初詣へ行って、初めて絵馬を書きました(^^)
彼と一緒に書いた絵馬を見ながら、とても心が穏やかになりました。

皆様も素晴らしい一年となりますこと、キヨは心から願っています。

そして一日も早く、東北地方が復興することを祈っています。

キヨ

コメントして下さった、しゅーさんへ

5月12日にしゅーさんが私のブログへコメントして下さいました。
コメントは非公開でしたが、しゅーさんのような学会員さんがかなり私のブログを
読んでくれいています、取り急ぎですが、書かせて頂きます。

しゅーさんは学会3世(福子)で、信仰心は強く、しかし学会の体制に疑問を持っている方です。
選挙や折伏、他宗教を邪教と言う排他的な部分等、疑問に思っていることが多い。
しかし大切な人と、学会問題を巡って別れる道を選ばざるを得なかった。

しゅーさんがもしこの記事を読んでくれましたら、
まず、安心してください、と伝えたいです。
そして、このブログを読んで下さってありがとうと言いたいです。
しゅーさんのように、信仰心(御本尊へ)はあっても、
学会の体制に疑問を持っている学会員さんは非常に多いです。
そして、そのように疑問を持つ事自体、何か悪い事が起きるのではないか?
学会を批判していることになるのではないか?(=仏罰が起きるのではないか?)と
考えてしまうお気持ちもとてもわかります。

私が安心してください、と言ったのは、そのような考えを持つ事はとても自然なことで、
むしろ自分が信仰している宗教に、何一つ疑問を持たないことの方が不思議な事だと思うんです。
自分が幸せになるための宗教です。
どんどん疑問をもって追求していっていいと私は思います。
だって、自分自身の宗教なんですよ?
創価学会のために信仰している宗教ではありません、しゅーさんご自身の宗教なんです。

学会から離れると決めた日、仏罰が起きるかもしれないと私も怯えていました。
怖くて眠れなくて、身体の震えが止まりませんでした・・・
もし明日、交通事故に遭ったらどうしよう?
大切な人がいなくなったらどうしよう?
こんなことばかり本気で考えていました。

当時付き合っていた彼にも私の怯えようをかなり心配して、
「もし俺がこれから事故に遭ったとしても、絶対に仏罰なんて思うなよ!!」
と何回も言われていたぐらいです(^^;)

でも実際学会から離れてみると、そこには全く違う世界が私には見えました。

私は今まで”御本尊”ではなく、”創価学会”を信仰していたんだなと思い知らされました。

しゅーさんが思いとどまっている、悩んでいるのは、
その”辞めたら何か悪い事が起きる”という恐怖感ですよね。
そして、よく聞く”あの人は退転したから病気になった!”という系の言葉。
よく考えてみて下さい、これって、とっても恐ろしい言葉なんです。
だって、誰にもわからないんです、”退転=病気(悪い事)”という因果関係は、
決して私たちが知り得る事はできないことなんです。
それを決めるのは、創価学会でもなんでもない、自分自身の心です。
退転=病気と決めつけるその思考回路が既に、創価学会に洗脳されている、
とても恐ろしい事だと思うんです。

未来の事は、誰にもわかりません。
ひょっとしたら、明日私は風邪を引くかもしれない。
ひょっとしたら、明日私は誰か素敵な人と巡り会うかもしれない。
ひょっとしたら、明日私は元彼と街でばったり会ってしまうかもしれない。

それを、信仰を辞めたから未来を決めつけるなんて、とても悲しいと思うんです。
幸せになる為の宗教を辞めて、なぜ不幸になるのでしょうか?
それは、一回信仰してしまったら決して元に戻れない、一方通行の宗教なのでしょうか?
現に創価学会は、脱退=不幸、みたいなイコールの関係が成り立ってしまっています。

生まれた時から学会員(福子)であれば尚更、学会の外から学会をみたことが
少ないと思いますが、それは決して遠い距離ではなく、
一歩、いや、半歩でも踏み出せば、見える世界だと私は思います(^^)
"怖い"って感じている瞬間に、もう既に少し見えている世界です。

しゅーさんが今とても悩んでいること、とても伝わってきました。
学会の話で口論になった時、自分の恋人の口から自分の信じているものを
否定される言葉が出たとき、とても悲しく、傷つきます。
しかし、同時にその恋人も傷ついているはず。

信仰を保って功徳を実感するのはとても良いことだと思います。
しかし宗教を理解できない人間にとっては、信仰とは非現実的なものにしか見えません・・・
日本では精神的に無宗教の人がとても多いですし、信仰をしていると言うだけで
変なレッテルを張られる事もありますよね。

しゅーさんが今でも深く悩んでいる事、恋人を失った喪失感、
宗教って何なんだろ?と考える日々、とても、とても辛いと思います。
でもこれだけはわかってほしい、しゅーさんのように悩んで苦しんで、
壁にぶつかっている方々が、このブログにたくさん来てくれました。
同じような悩みを持っている人がこんなにも多いのか!!と驚いた程です。
と同時に、創価学会の問題点も浮き彫りになってきました。

創価学会に抵抗感・嫌悪感を持っている人はとても多いです。
結婚を視野に入れてくるとどうしても問題になってきてしまいます。
相手の両親が熱心な信者なら尚更、自分の子供に入会を迫られるのではないか?
そして、自分の両親(家族)にまで・・・と考えてしまうのは自然なことです。
しゅーさんが御本尊を大切にする気持ちが一生続くと確信しているように、
しゅーさんの恋人様も、しゅーさんと結婚したら、一生創価学会に関わる事になる、と確信していると思います。
それほど宗教というものは大きいもので、人生を左右するもの、
そしてそれをよく理解しているからこそ、安易に認める事ができない。

学会から距離を置いても、私は仏罰が当たった!なんて思った事は一度もありませんでした(^^)
そりゃ、病気になったことも、仕事で辛い時も、プライベートでも色々ありました。
しかし、私は仏罰だなんて一度も思いませんでした。
それは、そんな風に考えたら悲しいと、私自身が一番わかっているから・・・
人生山あり谷あり、こんな簡単なこと幼い頃からわかっていたはずなのに、
いつの間にか大人になって、変化が怖くなっている自分に気付いたのです。
友人が、”大変って、大きく変わるって書くんだよ”と言っていました。
本当にその通りで、辛くて大変だ・・・と思ったとき、辛いのは当然のこと。
大きく変わっている最中なんですからね(^^)辛くないはずがないんです。

しゅーさんが学会から距離を置く事に強い抵抗感を持つのであれば、
こう考えてみてはいかがですか?

自分のなかの本尊に対する信仰心さえ揺るぎなければいいんだ、と。

学会から離れてみて、わかることはたくさんあると思います。
しかし、しゅーさんにとって大切なのは、自分自身の信仰を保つ事。
それであれば、その気持ちさえ離れなければ、自分の中の柱は揺るがないと思います。
創価学会を拝んでいるわけではないのですからね(^^)
大切なのは、自分の気持ちです。
創価学会でも他の誰でもない、自分の気持ちです。

なんだか私も感情のまま書いてしまいましたが・・・(すみません)
皆さんにも聞いて欲しくて、書いてしまいました。

今日は天気が良い土曜日!
心もこの空のように澄みきって過ごしたいですね(^^)


こんにちは、キヨです。
コメント読ませて頂いております!
コメントとても嬉しいです、どうもありがとうございます!

ゴールデンウィークも終わり、また仕事に追われる日がやってくるぞ~!と
意気込んでいましたが、そんなに忙しくもなく、あれ??と拍子抜けしています(^_^;)
たまにはのんびり仕事もいいものだな~と気楽なキヨですが、今日はこんなタイトルで。

”学会に不信感を抱くきっかけ”

私が学会に不信感を抱いたのは、女子部の先輩の言動でした。
(詳しくは 私が学会をやめるきっかけ にて)

良い結果=功徳
悪い結果=信心不足・魔


どう考えても=(イコール)にはならないようなことが学会では当たり前という事実。
でもここで皆さんにわかってほしいことは、
このイコールの関係が悪いことだ!!とは私は思っていないのです。
なにが悪いかっていうのは、

このイコールの関係を、他人にも強要すること

だと思っています。
私も最近よく思うんです。
例えば、以前私がおみくじを引いた時こんなことが書いてありました。
”どんなに仕事が忙しくても、辛くても、心はいつも平穏に、豊かに心がけていきましょう”
このおみくじを引いた時、本当に仕事が忙しくてやっと取れた休みでした。
そして疲れきっていた私の心に、とても染みる言葉でした。

何が言いたいのかと言うと、あまりにもおみくじの内容が自分の生活とリンクしていたので、
”ああ~~神様はやっぱりどこかで見ててくれるんだな~”となんだか嬉しい気持ちに。
良いことをすれば良い事が、悪いことをすれば悪いことが自分には返ってくる、
神様を信じているわけではないけれど、
こんなジンクスみたいな感覚が、私の中にはあります。

だけれど、これを他人に押し付けることはしたくないですし、するべきだとも思いません。
他人の努力や結果を、何かの天秤にかけて評価したり、
それを、信心頑張った功徳だよ!と言ったり・・・

この”信心の功徳だよ”という言葉は、私も数え切れないほど言われたのですが、
正直かなり傷つきます・・・
バリ活の時は、うんうん、と素直に受け入れられたのですが、
この言葉を受け入れれば受け入れるほど、違和感が生まれました。

良い結果(結果的に良くなった結果も)を功徳と思うことは自由ですよね。
それでまた頑張れるのであれば、それは私の持っているジンクスみたいなものです。

私の母親もよく言うのですが、どうやら私が就職できたのは
学生時代に信心を頑張ったからだそうです。
女子部で頑張った時期があったから、就職できたと実家へ帰る度に言われます(本当に)。
あんたの努力もそうだけれど・・・やっぱり女子部の時に闘った功徳だわ!と・・・
やっぱりって何っ!!って思います。

学会の方は、本当に信仰の功徳だと思っています。
そう思う事がいけないことではありません。
でも、言葉の重みをわかってほしい。

言葉って、本当に凄い力を持っていると思うんです。
小さい頃に言われた何気ない一言を、ずっと覚えていることとかありませんか?

何でもかんでも功徳で終わらせようとする。
学会の人は、きっとその人の努力も評価しているよと言うと思います。
全てが信仰の結果ではない、あなたの努力も素晴らしいと・・・
でも、実際に聞く言葉は、

”大学に合格した!これは功徳だ!”
”仕事が上手くいった、功徳って素晴らしい!”
”悩みが解決した!真剣に祈った功徳だ!”

こんな言葉ばかりです。

自分の努力を、信仰のオブラートに包むことなく、いっぱい褒めてあげたらいいと思うんです。
素直に、率直に。
だって一番頑張ったのは、あなた自身なのですから(^_^)
自分さえ褒められない人に、他人を褒める事なんてできるのでしょうか?

繰り返しになりますが、

私は、努力が一番自分を裏切らないと思っています。

努力は自分を裏切らない

信仰は自分を裏切らない

前者の言葉が、私には真理です。




この度の東北地方太平洋沖地震により亡くなられた方々のご冥福を
お祈り申し上げるとともに、被災されている皆様に心からお見舞い申し上げます。
そして被災地の一日も早い復興をお祈り申し上げます。

このブログにお越し下さった皆様、キヨは怪我も無く、元気にしております。
家族、友人も皆無事です。私の住んでいる地域は、被災地ではありません。

あの地震から一週間が経ちました。
被災地の状況が日々テレビで報道され、浮き彫りになってくる過酷な環境。
被災地の人々は、今必死で頑張っています、必死で耐えています。
それがテレビを通してひしひしと伝わってきます。

地震のあったあの日、会社から帰宅しテレビをつけると、
この世の物とは思えない光景が広がっていました。
暗闇の中で燃えさかる町。
上空からの映像は距離感がうまく掴めませんでしたが、
それが広範囲に渡っていることは私にも容易にわかりました。
そして翌朝テレビを付けると・・・津波の被害のあった町の映像が流れました。

たった一週間、でも私にとって、もの凄く長い一週間でした。
被災地に住んでいない私でさえも、とても長く感じたのです。

関東ではガソリン・食料品・日用品の買い占めが起こっています。
お米がもう無くなりそうだったので今日スーパーへ買いに行くと、
お米は売り切れ、ティッシュもトイレットペーパーも一個もありません。
カップ麺も、レトルト食品も、缶詰もごくわずかしかありませんでした。

今こそ皆が協力していかなくてはならない時なのに、
被災地の人たちは物資も手に入らず、この寒さの中で耐えに耐えているのに、
一体私たちは何をやっているのでしょうか?

会社ではお客さんから、もし関東で大きな地震が起こって物流がストップしたら、
一体どうやって仕事をするんだ、と怒鳴られました。

そうじゃないですよね?
冷静になっていないのは、被災地ではない私たちです。

自分が、家族が、友人が、恋人が、苦しい思いをしていても、
それでもする行動でしょうか?言葉でしょうか?

被災地の方たちは、本当に助け合って生きています。
それなのに、私たちは・・・

胸が痛くなります。

できる事から始めようと、少しでも力になろうと思っている人たち。
直接現地へボランティアへは行けないけど、何かできることはないかと懸命に探す人たち。
苦しい時はお互い様、と声を掛け合って助け合う人たち。

東京電力の方々、本当に一生懸命、原発事故を防ごうと頑張っています。
毎日毎日、非難の声を浴びても、日本の為に頑張ってくれています。
自分たちだって安全な場所に一刻も早く移動したいはずなのに、その場に留まり、作業をしてくれています。

そんなこと当たり前だ!と言う人もいます。
でも、私なら正直戸惑ってしまいますよ、危険な場所に自ら行くなんて・・・
逃げ出したいって、普通なら思いませんか?
私なら、大切な人の側に寄り添っていたいと思ってしまいます。
でも彼らにとっては、この事故を未然に防ぐ事が、大切な人を守る手段なんです。
そして忘れてはいけないのは、彼らのお陰で、私たちは豊かな電力を日々使用できている、ということです。

これから様々なことが解り、起きてくると思います。
でも私たちが忘れてはいけないのは、私たちは日本に住んでいるということ。
ここで生きているという事、他のどこでもない、この日本で、
皆支え合って生きていくことが大切だということだと思います。

青臭く聞こえるかもしれない、でも考えてみて頂けませんか?
皆が協力しなければ、家一軒さえ建てられません。
必要以上の買い占め行為、政府や東京電力、ACジャパンへ浴びせるバッシング、
もっと考えてみて下さい、今何が本当に必要なのか。
被災地の方たちは、今どんな思いで生きているのか。

私はこんなことしか言えないけど、
募金や節電ぐらいしか今はできないけど、
一生懸命生きている人に、敬意の念を忘れたくありません。

被災地の皆様、本当に頑張っている、必死に耐えていると思います。
一日も早く、必要な物資、電力・水・ガス等が供給されるよう、
私もできる限りの協力をします。
どうか、生きて下さい。

まだまだ余震が続いています。
どうか皆様充分に気をつけて下さい。



みなさんお久しぶりです!

皆さんはお元気ですか?
私は毎日元気に仕事頑張っています!!

テーマはないですが。。。
コメントを幾つか頂きました、本当にありがとうございます。

正直、彼と別れてから、このブログを更新する頻度か減りました。
創価学会から完全に遠ざかった、と言うのでしょうか・・・

でも、今日コメントを見て、
『初めて人のブログにコメントさせて頂きました。
もう管理はしていないかと思いますが、感謝の気持ちが伝わってくれたら嬉しいです。 』
というコメントを頂いて、涙が止まりませんでした・・・

私のブログが、誰かの役に立っていると思っただけで(自惚れですみません・・)
私は本当に嬉しいです。

今日、元彼との思い出を、一つ一つ整理していました。
一年経った今でも、彼に対しての感謝の思いがいっぱいで、
なんだかとても懐かしく、切ない思いでいっぱいになりました。

人と人は、恋人でも、親友でも、例え家族でも、心底解り合える事は難しいと、
思い知らされました。

でも、それ自体が不幸せなことではありません。

不幸せと捉えるのはいつも自分自身なんです。

私は、ちゃんと前を向いて行こうと思いました。
彼が教えてくれた事、与えてくれた事、導いてくれた事、
全部私の中にあります。

今日は、自分を見つめ直す日でした。

皆様、自分自身を、思う存分大切にして下さい。
他の誰でもない、自分は、自分です。

おやすみなさい・・・
『学会の中で生きてきた私(俺)を好けるのだから、学会を理解できないはずがない』

この台詞を、過去に私は元彼に対して思った事があります。

これを読んでいる学会員さんも、こんな風に恋人に対して思った事があるのではないでしょうか?

でも、この台詞、とても違和感があるんです。
この違和感に気づいたのは、私が学会から遠ざかってからずっとずっと後でした。
本当に、ずっと後だったんです。

無宗教の方には『何言ってるの!?』と言われるかもしれませんが、
私にはそれがわからなかった。

だって、私は福子(生まれてからすぐ創価学会に入会した学会員の子供)として生まれ、今まで生きてきた。
自分の幸せの根源は創価学会を信じてきたからだと確信していたし、
現にそういうものだと親から教わってきました。

しかしこの『違和感』に気づくまで、本当に長い月日がかかりました。

『学会の中で生きてきた私(俺)を好けるのだから、学会を理解できないはずがない』

これって、置き換えるとわかりやすいんです。

『立正佼成会の私(俺)を好けるのだから、立正佼成会を理解できないはずがない』

とちょっと学会員さんにわかる表現で言ってみてしまいました。
本当に、そういうことなんです。

わかりますでしょうか?
これは、また別の言い方をするとこうなります。

『推理小説を好きな私(俺)を好きになれるのなから、推理小説を理解できないはずががない』

『小説と宗教は全然違うよ~』と言った学会員さん、
それは違わないのですよ?

なぜなら、

あなたにとって小説と宗教は違っていても、
宗教に興味の無い人間にとっては同じレベルの話ということを、あなたは知らないだけなんです。
これを知った時に、私はとてつもない衝撃を受けました。

価値観が違う事、これは普通の事だと私は思います。
しかし学会員さんは、『誠実に対話していれば必ず理解してくれる時がくる』と言います。
そして、理解できない事実を『魔』や『信心不足』のせいにする。

私は思います。

信心しているから幸せになれるの?と。
幸せを他人に押し付けるのが、幸せなの?と。
あなたの自己満足と言い切れないの?と。

私は、とても悲しくなりました。
答えはとてもシンプルなことなのに、もっと深い意味を求めて
自分でシンプルにするのが怖くなってしまう。

学会員さん、こう思っていませんか?

『そんな低次元な話をしているんじゃない』と。

ただここで知っていて欲しい事は、
あなたにとっての低次元なお話が、
違う人間には、とてつもなく意味を持つ事もあるんだということです。

あなた方は『なんでわかってくれないの?』と思う。
私たちも『なんでわかってくれないの?』と思う。

でも無宗教の人間は、こう思っているんです。
『あなたが、ありのままのあなたならいい』と。

君が側にいてくれる事が嬉しい。
君が笑ってくれている事が嬉しい。

あなたが本心で思っている事は、
相手が『創価学会』じゃないと幸せになれないこと。

でも本当にそういうことなの?
恋人が学会員になるということが幸せの第一歩なの?

私はとてもわかります。
付き合った人が学会員だったら、どんなに安堵するかを。
でもその安堵は、どこからくるのですか?

私は母に、元彼のことを大嫌いだったと面と向かって言われました。
私が何年も愛した恋人を、別れたと言った途端何回も言われました。
私たちがどれだけ素晴らしい時間を過ごしたのかを、私は一生懸命伝えました。
でも、伝わりませんでした。

キヨは狂っていたと、何度も言われました。
私はとても悲しくなって、もうそんなことは言わないでと言っても、母は言うのを止めてくれませんでした。
飲食店に響き渡る声は私をハラハラさせ、そして悲しくさせました。

母と別れた帰り道、私は声を出して泣きました。
無様な子供のように、泣く事しかできませんでした。
でも、私は自分で決めた道がある。
応援してくれている皆さんもいる。
苦しくとも、私より辛い経験をしている人がたくさんいることをこのブログを通して知りました。

本当に、宗教問題で悩んでいることは、辛いと思います。
私も、正直辛いです。
でも、決して解決できない問題ではないと本当に思います。
私と彼は、確かに学会問題を乗り越える事ができました。
これは、胸を張って言えます。

大好きだった彼だからこそ、大切にしたいと思いました。
乗り越えたいと思いました。

好きだからこそ、乗り越えられるものだと思っています。

なんだかまとまりないですね・・・
すみません、今日はこの辺で(>_<;)

テーマの募集はいつでもしています☆

また、コメントはちゃんと読んでいます!
返事遅れてごめんなさい><:

皆様、新年明けましておめでとうございます!
もの凄く遅い挨拶ですみません・・・

どうやらfc2ブログは、三ヶ月以上記事を書かないとコメントが承認制になるみたいです。
いきなり承認制になっていたので驚きました^^;
今日はとても大切な話を。

自分にとても大きな変化があったので、書きたいと思います。
ブログのタイトルの下のテーマが変わっているので気付いた方もいるかもしれませんが、
昨年の暮れ、ずっと付き合っていた彼と別れました。
原因はお互いの価値観のずれから結婚に踏み切れず、別れる結果となりました。
 
正直、別れを決断するのはとても辛かったです。
私が創価学会をやめると決断した時と同じように、大きな不安と恐怖に襲われました。
でも、後悔したくない、このまま付き合っていたら必ず後悔して、相手も自分ももっと傷つけると思いました。
あ、創価学会が原因で別れたのではありませんよ(^_^;)
 
一度彼に、『キヨは俺と別れたら、創価学会に戻るんじゃないの?』と聞かれました。
でも答えはNOで、私の気持ちは全く変わっていません。
そんな生半可な気持ちで、創価学会から離れたわけじゃない、それは私が一番よく知っています。
 
彼と過した時間は、とても濃く、幸せな日々でした。
幸せを心から実感でき、様々な幸せの形を教えてもらいました。
なので、心からありがとうと言いたい。
最後は、お互いが笑顔で別れることができました。
あの人と同じ時間を共有できたことが、とても素晴らしい経験となりました。
 
人生の中で、別れも出会いもこれから様々なことを経験していくと思います。
大切な人ができて、守りたいものができるかもしれない。
でも怖がらずに、前へと進んでいきたいと思います。
 
それと、彼と別れたことについて母親と話したのですが・・・
正直、かなりきついことを言われました。
そのことについては、また別の記事で書きたいと思いますが、
何と表現したらいいのか・・・本当にきつかったです。
 
でも、自分で決断したことには責任を持ちたい。
自分が学会から離れると決めたあの日、自分を信じて覚悟を決めました。
 
これからも、親との間にはたくさんの問題が出てくると思いますが、
自分が決めた道を信じていきたいと思います。

ただ、学会員さんには、『やはり別れる道になった』とコメントしないでほしい。
『このようなブログを書いていれば、必ず仏罰がくる』と。
なんでこのようなことを言うかというと、
私がバリ活動家だったら、そう思っていたと容易に想像できるからなんです。
『別れて当然』『別れられて良かったんだ』『今までが狂っていた』
こんな言葉、嫌っていうほどもう言われました。
私たちの素晴らしかった時間を、そんな醜い言葉で汚さないでほしい。

ブログのタイトルを変えるわけにはいかないので何だか紛らわしいかもしれませんが、
私もこれから頑張らなければいけないことが山のように出てきているので、
精一杯楽しみながら、笑いながら、過ごしていけたらいいなと思います(^^)

皆様も、身体にはご自愛を!


Mさんと
このブログの読者様へ

とある学生部の方からメッセージを頂きました。
創価学会と自分の間で、かなり悩んでいるようでした。
意見交換したいとのことですので、記事として書きたいと思います。
(読んでくれているかな・・・?読んでくれていたら嬉しいです)

まずこの方の今の立場は、学会で信心をしてきて活動家です。
折伏も経験ありますが、最近学会に疑問を持つようになり私のブログを読んでくださったそうです。

このブログを読んでいる方の中には、元々の私のように『活動家だけど学会に疑問がある』
方もかなり含まれているかと思います。
この方(以降、Mさん)は、両親共に活動家であり、ご両親をともて大切にしています。

余談ですが、私の父も活動家になりつつあることが最近わかりました。
選挙を始めて頼まれました。(しかも私と彼にの家に来た時に、彼に対して・・・)
正直、とても驚きましたし、何とも表現し難い感情に包まれました。

話を戻しますが、Mさんは自分の人生と学会を切り離せないかと悩んでいます。
私の意見を言いますと、Mさんに限らずご両親が熱心な信者の場合、
創価学会と自分の人生を切り離す事は非常に難しいと思います。

私自身、こんなにも学会から離れているようで、家族からの学会の影響はとても大きいです。
選挙を頼まれたり、彼の悪口も言われます。
選挙は私に頼むだけならいいのですが、いくら言っても彼に頼んでくる。
そして、彼の悪口を普通に言う。(私の彼はこのことを知りません)

『結婚は、本当に大切にした方がいい、もっとよく考えなさい』
『もっと良い人が見つかるよ』
『彼は頭が良いけど、頭が良ければいいってもんじゃない』

なんか書いていて泣きたくなってきた・・・
確かに、彼の嫌いな所もあります!そりゃこれだけ一緒に暮らしていればありますよ・・・
彼も私の嫌な所、絶対あると思うし・・・

でも私は、彼のご両親と知り合えて、本当に幸せだった。
こんなにも温かい人間っているんだって・・
私は自分の両親を冷たいと言っている訳じゃない、
たから、学会の生き方も全否定できない。
両親が救われている気持ちもあるから、全否定なんて全然できない。
両親は大好きだし、とても感謝している。

でも、でも、私は悲しい。
きっと、親が私に対して思っているのと同様、悲しい。
でももっと悲しいのは、その悲しみをお互い解り合うことはないということ。

Mさんは、もしかしたらその悲しみをわかってきているかもしれない。
親と対立することは、想像以上に厳しく、険しい道だと思います。
でも、もがいて、抗って、自分の道を見いだす事は、
決して間違えていることだと私は思いません。

Mさんは今、とっても苦しい場所にいると思う。
こんなブログにコメントしてくれるなんて、とっても勇気がいると思う。
だからMさんに言いたい。

もし、私のこのブログに共感できるのならば、
あなたのその気持ちを信じてあげて下さい。

きっと、あなた自身学会を疑う事を恐れていると思います。
でも、学会が悪いとか、そんなんこと今は全く関係ありません、
大切なのは、自分の信仰を疑って何が悪いのか?ということ。
自分が幸せになるための信仰に対して、何が悪くて何が正しいのか、
疑って疑って、自分の答えを出すのがなぜいけないのか?

だって、幸せになる為の信仰ですよ?
疑問に思う事はどんどん疑問に思っていいんです。
少なくとも、私はそう思います。

疑う事が怖かったら、まここへまた来てください。
私も、疑う事が怖かった人間の一人ですから(^_^;)

あなたは臆病なんかじゃ、決してないから!

みなさんこんにちは、お久しぶりです。
最近は定時で仕事を上がれることがあるので、夕飯を作れるぐらいの余裕ができました。
日々楽しく頑張っております。皆さんはお元気でしょうか・・・?
さて、今日は私にとっての宗教とは、という内容でお話しします。

とある学会員さんから、とても共感できるコメントを頂きました。
非公開ですので内容を詳しくお話しすることはできませんが、
一部紹介したいと思います。

その方は、活動を続ける理由をこんな風に表現していました。

「亡くなった方のご供養と、功徳に対する感謝の気持ち」

日本人の多くは例え無宗教であっても、墓前に立てば手を合わせ、祈ります。
私は霊魂や生まれ変わりなど死後の世界を信じていませんし、墓前に立ってもそこに大切な人が眠っているとは思いません。

では、なぜ私は祈るのか?
私が手を合わせて祈る理由は、亡くなった方を忘れず、想い続けるために行う自分への戒めの意味があります。
自分がお世話になった人、尊敬してた人、愛していた人、人それぞれ想いがあり、
自分を支えてくれた大切な人を生涯忘れないようにするため、祈ります。
この学会員の方も、常に亡くなった方への感謝の気持ちを持ち、敬意を払い活動しているのだと思います。

そして、この信心の中で「功徳」と呼ばれるものに出会い、実感していった。
この学会員さんは、しつこい布教活動をしていません。
それは、今の学会の体制に何らかの疑問があるからだと思います。

信仰に励み、功徳を感じ、それによって自分の生活にやりがいが出てくる、これはとても良いことだと思います。
何を功徳と感じるかは主観的な問題ですし、その人なりの感じ方を大切にすべきだと思います。
大切なのは、宗教とは他人に迷惑をかけてまですることなのか?ということ。
しつこい新聞啓蒙・折伏・選挙活動など、人にとよっては不快に感じることを、
ちゃんと「迷惑をかけてしまっている」と認識でき、防止できるかどうかが、大切なことだと思います。

私は人生において宗教に重きを置いていないですが、これから何かの信仰をするかもしれない。
創価学会の信仰をまたするかもしれないし、しないかもしれない。

それは誰にも分からないし、誰かに強要されるべきものでもありません。

自分で考え、自分の生き方を摸索していく。
宗教をその中で必要と思えば、いつでもできる。

私がこのようなブログを作り様々な方とお話しているのは、
自分の生き方そのものを振り返ることにも繋がります。
そして、これっておかしいよね?と思うことが、果たして皆も感じているのだろうか・・・
もしかしたら私だけではないのか・・・という不安も解消してくれました。
ここへ来てコメントしてくださる人も、同じような体験をしている人が多いことに、
驚きと、そして安心感があるのではないでしょうか。

それに、「こんなブログにきて、悩んでいることを吐き出しても何もならない、もっと組織にぶつけないと駄目だ」
と主張する学会員さんがとても多い。しかしその言葉は、私にはとても他人事のように聞こえる。
イジメられている人に向かって、「イジメられる側にも責任がある」と言っているように私には聞こえます。
悩んでいる人はギリギリまで追い詰められ、まさに今崖っぷちに立たされているということを知ってほしい。
なぜこの場で発言するのかを、真剣に考えてほしい。

宗教の問題はとどまる事無く、増え続けているように感じます。
まだまだ色々な問題が出てくるかと思いますが、前向きに、そして真剣に、これからも考えていきたいですね。

こんにちは、キヨです。 周りから様々な影響を受けて無宗教になりました。 このブログは、恋人や知人が創価学会で苦悩している 人と学会の方々にあてたブログです。 記事はあまり順番を気にして書いていないので、好きなタイトルからご自由にお読みください。リンクはご自由にして頂いて結構ですが、その際コメント欄で教えて下さいね。

Author:キヨ
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